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ロックンロール黄金時代最終回

とうとうこの日がやってきました。

Datefm「ロックンロール黄金時代」
本日2015年5月31日をもちまして終了致します。


26年間の長きにわたり番組を続けることが出来て
本当に感謝の気持ちで一杯です。


ずーっと聴いて下さったリスナーのみなさま。
ずーっと番組を応援して下さったみなさま。
ずーっと番組を支えて下さったスポンサーのみなさま。
そしてずーっと番組を続けさせて下さったDatefm・エフエム仙台のみなさま。


ほんとうにほんとうにありがとうございました。



番組が一旦終了した時に沢山のみなさんが
二回にわたる署名活動行い、復活の嘆願書をFMに寄せてくださり、
新聞や雑誌に復活を願う投稿をしてくださり、
番組が復活した時のことも・・・


一昨年私が入院して、初めて番組をお休みした時も
みなさんが待っていて下さり、支えて下さったことも・・・


この26年間にあった沢山のこと
ひとつひとつがしっかりと私の中に刻まれています。


すべてに感謝の気持ちで一杯です。



中学一年の時、初めて深夜放送を聴き、
ラジオという媒体による時空を超えたパーソナルな心の繋がりに深く感動し、
私がやる仕事はこれだと決意しました。


さらに暗黒少女(笑)だった私が、
内的宇宙を深くあらわし、純粋さと猥雑さ(光と闇)を併せ持つロックによって受容され、救われ、
私のような人に私の想いと共にロックを届けたいと思ったのが番組をやる大きな動機でした。


1990年1月2日にスタートした時から約26年。
私はやりたいことはみんなやってきました。
そして、私も変化成長し、自分の中でやりきった感があるのです。


以前は「やめろ」と言われるまでいつまでもジタバタ続けようと思っていましたが、
自分の魂の声従って、次の段階に進みたいと思います。


まさかこのようにすっぱりやめる決断を下すとは自分でも驚きましたが、
その魂の声はあまりにもあたりまえに、とても自然に私の中からやってきました。


ずーっと毎週作ってきた番組なので
淋しい気持ちももちろんありますが、
とても清々しい気持ちでもあります。


「私にとってのロックとは」「私にとっての音楽とは」と語ってもいいのですが、
それはさんざん番組を通して語ってきたので
最終回はこの26年を振り返り、さわやかに別れを告げることにしました。


Date fm「ロックンロール黄金時代」最終回
5/31(日)24:00~ オンエア 77.1mhz
聴いて下さいね~。


本当にありがとうございました!


あふれるほどの感謝をこめて!


及川徳子

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by chandra-k | 2015-05-31 09:51 | 音楽 | Comments(0)

マイストーリー(私のものがたり)

来年セミナーを大幅改訂するにあたり、自分の人生をざっくり振り返ってみた。ざっくりとは言うもののそれでもかなり長い~。せっかく書いたのアップしとこ。
興味ある人だけ読んで下さい~。


子供の頃から「私達ってどこから来てどこへゆくの?」「何のために生まれてきたの?」
「何で戦争ってあるの?」「何で神様達は仲よくしないの?」「心の中は見えないけど、ちゃんとそれはあるのに、何で見えているものしか世界って言わないの?」とずっと思っていた。それに明確に答えてくれる人と出会いたいとずっと思っていた。



3歳の時に自分をものすごく可愛がってくれていた祖父が交通事故で亡くなった。子供ながらに死の概念は認識出来た。あまりの悲しみ、喪失感を受け入れることが出来ず感情をシャットアウト。淡々と何の感情も持たず映画を見ているように状況を観察している自分をはっきり記憶している。

祖父・祖母と両親は血縁としては近い親族であったけれど、事情により養子縁組をして親子となり一緒に住んでいた。祖母と母の年齢差は13歳。子宮外妊娠の大手術でかろうじて命をとりとめ、さらに夫を失った祖母は私を実の子のように育てた。

21歳で私を産んだ母とそんな祖母の間で、どちらかに甘えてしまうとどちらかが悲しむのではないかと思った私は誰にも甘えることが出来ず、お風呂の中で膝を抱え淋しくて泣いていた。ますます感情は閉じていった。


とても客観的で人を観察する大人びた子供。それが私。無邪気とは対極にあった。


小学校1年の時、友人と縄跳びをしながら「人間はなんて孤独なのだろう」と思っていた。淋しくてしかたがなかった。

靴を失くして困っている友達につきあって放課後ずっと一緒に探したけれど、心の中で「早く帰りたい」と思っている自分を責めた。その友人の痛みを100%自分の痛みとして感じてあげられない自分は冷たい人間だと思い、そんな自分が大嫌いだった。

ダメな自分だからこそ、まともになりたくて優等生を演じていた。敬語を完璧に使い、計算して優等生を演じる自分がますます嫌いになり、先生から褒められれば褒められるほど自己否定と自己卑下が強くなっていった小学生・中学生時代。


まるで太宰治の人間失格が自分だと思った。

そしていつも心からわかりあえる友達「心友」が欲しいと思っていた。

当時は本当に潔癖症のように100%相手と同じ気持ちで思いやりたいという気持ちが強かったため、中途半端な「同情」や「優しさ」が偽善に感じて許せなかった。

そしてやがて、「人は違うのだ。たとえ100%同じ気持ちになれなくても、相手のことを思うことが優しさなのだ」と、曖昧な想いを少しずつ受け入れることが出来るようになる。



とても明るく、友達も沢山いて、バカなことも色々やり、だんだんくだけてきて楽しく過ごすことが出来るようになった一方、心の中には常に闇をかかえていて、その「見える世界と見えない心の世界の分断とギャップ」に苦しんでいた。

そして忘れもしない高校2年の時、ヘッセの「デーミアン」の中の「人は本当の自分になるために生きている」という言葉に出会い、「自分が今どんなにダメでも本当の自分になる途中なんだ。」思うことが出来、それが初めて自己容認・自己肯定した瞬間だった。図書館で手がぶるぶる震え、涙が止まらなかった。自分を受け入れ、未来の自分を信じられるようになった。



そしてさらに心の中が暗黒の文学少女だった私は大学時代、現在の夫を通してロックに出会う。
夫とロックは私に欠けていた沢山の感情を与えてくれ、様々なことを教えてくれた。
光と影を内包し、純粋さと猥雑さを内包し、内的宇宙をも表現し、あらゆるものを吸収して常に変化して転がり続けてゆくロックにより、私は救われる。
ロックとの出会いは遅かった分、アーティストの本を読みながら深くロックにのめり込み、どんどんそのアティチュードとエッセンスを吸収していった。私にとってロックは生き方だった。
そして、自分のような人にロックを深く届ける番組をやろうと心に決める。



多くの人は無邪気な子供から、大人になるにしたがって自己をコントロールすることを覚えるかもしれないが、私はまったく逆で、年齢とともにどんどん無邪気になり、枠がはずれ、形式的で利害が絡んだ社会に対して腹を立て、過激になっていった。



幼くて文字が読めない頃から暗記して本を音読していた私は、小学校の時先生に「アナウンサーみたいだね」と褒められ、アナウンサーになろうと決めていた。そして中学1年の時に初めて深夜放送を聴き、DJとパーソナルな繋がりを感じて「自分のやる仕事は深夜放送のDJだ」とその時決めた。

私にとって第二希望は一切なかった。


最初は局のアナウンサー希望だったけれど、大学時代に学生の仲間でイベント企画をしたりミニコミを作ったり、アルバイトで番組の台本を書いたり、司会をしたり、機材を操作したり、放送現場での裏方の仕事に携わっているうちに、自分がやりたいのはあらゆることだと気づいてしまう。でもそんな職業はないので就職活動も出来ずもんもんとする。そんな時、大学のゼミの教授から「中世には戦時に自由契約の騎士(lancer)がいて、それがfreelanceの語源である」と教えられ、「ない職業は自分で創ればいい!」と決断。

放送局や番組制作会社から誘われ、憧れの職業が目の前にあったにもかかわらずそれを断って、卒業と同時に「freelancer」として活動をスタート。保証もなければリスクだらけだったけれど、何も怖くなかった。私は自分の未来を信じていた。

最初は週に1回位しか仕事がなかったが、未来の自分を信じて目の前の仕事を一生懸命やり続けているうちに、いつのまにか休みがなくなるほど忙しくなり、ちゃんと自分の力で生活出来るようになる。

やがて「自分の仕事だ」と決めていた、夢だった深夜放送のDJもやれるようになる。学生時代にあらゆるアルバイトをしたおかげで番組のすべてを一人で制作出来るようになっていて、自分がやりたかったロック番組を作れるようになった。尖っていた20代は放送番組の中でかなり過激な発言をしたものだった。



学生時代から7年半の付き合いを経て夫と結婚。
結婚は様々な深い学びの場と豊かな楽しみと喜びをもたらしたが、一方で結婚前後から夫と共に会社や店舗を実質5つ立ち上げ、その間ここには書けないような様々なトラブルや大変なことを山のように経験する。死ぬほど働いて稼いだにもかかわらず、家賃の支払いにも困るような、経済的にも精神的にも肉体的にも過酷な体験をする。
そして、当時はその辛さを誰にも言うことが出来なかった。


自分個人の仕事は順調だった一方、沢山の迷いと苦痛の中、なんとかその状況から抜け出すことを模索して、様々なセミナーに参加したり、本を読んだりしていたけれど、どこかにいつも納得出来ない疑問が残った。

そんな時に、心の使い方やこの世界の仕組みを教えてくれるメンター大津和壽氏と出会う。
その人こそずっと出会いたかった人だった。メンターは私が幼い頃から知りたかった多くの疑問の答えてくれ、多くの謎が見事に解けていった。

そしてそれこそが真理であり、宇宙哲学であった。



2003年の真理との出会い以来、私はずっと実体験を通して学び続けて来た。
大変な出来事も山のようにあり、どれだけ泣いたかわからない。でもその経験を真理に則して理解し、気づき、学ぶことで、確実に私は変化し、以前とは別人になった。中心・軸が定まるようになった。その成長記録はブログ「波動日記」に綴ってある。



真理に出会ったことにより、宇宙の摂理となっている原理原則はもちろん、私達がどんな存在であるかがわかり、それによって幼い頃から持ち続けて来た孤独感が完全に消えた。
そして心から信頼出来る仲間が沢山出来た。

多くの出来事の意味がわかるようになり、あらゆることに感謝出来るようになり、心が安定するようになった。穏やかで幸せな気持ちで生きられるようになった。
自分が抱えてきた辛さが、実は豊かさであったことがわかるようになった。



2006年より心の使い方、在り方、宇宙の基本法則などに関するセミナーを定期的に行うようになり、やがてセミナーを様々なバリエーションで展開するようになった。




そんな折、2013年突然癌であることが発覚。緊急入院・手術をする。

心の学びをして来た自分が、まさか癌になるとは夢にも思わなかった。でも、自分が病気を作った事実を正面から受け止め、生きるために真剣に自分と向き合い、長年蓋をしてきた人生のテーマと取り組む。
抗がん剤を拒否して退院。死と向き合うような末期であったにもかかわらず退院一か月で腫瘍マーカーがすべて正常値になり、まさに奇跡的な快復をみる。



私はこの病気はギフトであったと感じている。これがなかったら多くのことに気づけなかった。今までないがしろにしてきた身体のこと、食事、生活習慣にも向き合えた。この経験を通し、大病をする前の自分より、はるかに心・体・魂の調和した豊かな自分になっているし、さらにもっともっと調和して、宇宙の摂理・自然の一部として本質の自分をあらわしていくことを強く決意している。


もし私が真理を学んでいなかったら、今のように生きることは出来なかった。病気に限らず、大きな問題と正面から向き合い、受け入れ、感謝することは出来なかった。どんな状態であってもいのちの輝きを見続けることは出来なかった。真理のおかげで大病はじめ様々なことを乗り越えることが出来たとつくづく思う。



真理は人生そのものを変える。生き方そのものが変わる。そしてそれはすべての基本となるものであり、あらゆるものの根底に流れるものなのでどんなものにも応用がきく。
真理は心を安定させ、見える世界を変える。
どんな経験であっても豊かさ・宝物に変わる。
真理は人を自由にする。本当の自分で生きることが出来るようになる。

表面的な意味づけによるすり替えではなく、真の意味がわかるようになり、曇りのない瞳で世界を見られるようになる。


生きるための方法も、対処する方法も無限にある。しかしそれは複雑化した枝葉といえる。それに対して真理はそれを動かす中心となるもの。

真理・・・それは愛と言い換えてもいいし、いのちとも、大いなる意識とも、智慧とも言い換えられる。


かつての私のようにいくら多くの手法やノウハウを学んでも何かが足りないと感じている人、どんなに学んでも自信が持てない人、変われない人、どんなに学んでももやもやして軸がないと感じている人に是非真理を知ってほしいと思っている。




私の子供の頃からの夢は「地球が家族みたいになること」
いつもそんな世界が実現したらと思うだけで涙が出た。世界が変わると思っただけでわくわくした。


「誰もが魂から望むことを喜んでやれば、すべてが調和するように世界は創られている」それが本来の宇宙の秩序だと信じている。すべての人が真理を知ったら奪い合いや戦いがなくなる。そのために微力でも自分が体験したこと、学んだこと、知っていることを伝えるのが私の役割であると思っている。



時代は変化している。加速している。
魂の輝き、いのちの輝きを直感で知っている子供達が生まれている。分離感が少なくて魂が目覚めている子供達が沢山出てきている。
これから確実に世界は変わる。


プライベートでは私は子供がいないけれど、今生まれている子供達は「地球の子供達」であり自分の子供のようなものだと私は思っている。そして、そんな子供達の未来のために、これからの地球のために、私はこれからの人生を「いのちを輝かせて生き、いのちを使う」ということを心に決め、今まで学んできたことを未来のために伝えて行きたいと思っている。

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by chandra-k | 2014-08-14 19:11 | 私について | Comments(0)

及川徳子プロフィール

及川徳子  freelancer(アナウンサー&セラピスト)

仙台出身。
大学在学中より放送番組に出演。
また喋るだけではなく、放送局と番組制作会社で現場の裏方の仕事(台本作成、ミキシング、編集、フロアディレクター他)を経験。また、友人と共にイベント企画、ミニコミ発行を行う。
その経験があるために、番組を構成・編集・ミキシング等全ての制作を一人で行うアナデューサーとして活動の基礎が出来る。

もともとは局アナを目指していたが、大学時代に色々な世界を見たために、自分がやりたいことは会社の中にはないと気づいてしまい、就職活動も出来ずもんもんとする。
そんな時、大学のゼミの教授から「中世には戦時に自由契約の騎士(lancer)がいて、それがfreelanceの語源である」と教えられ、「ない職業は自分で創ればいい!」と決断し、大学卒業以来freelancerとして活動する。

子供の頃からの疑問は「なぜ戦争はあるのか?」「何のために生まれてきたのか?」
そして「宇宙の摂理を考えれば、誰もが自分の才能(いのちの輝き)を生かし、自分が心から喜びを感じる事をしたら、奪い合いがなく、みんなが幸せで調和がとれた世界が出来るはず」と思い続けてきた。
一人一人が自分の本質を顕し、響きあいながら共に繋がりあい、響きあい、支え合う世界を創るためには、宇宙の法則を知ることが必要であり、今まで自分が長年学んできたことと経験が多くの方の役にたつと信じ、コミュニケーションを入り口にそれを伝える活動をしている。

【番組】
*数多くのテレビ・ラジオ番組に出演&制作
  NHK Radio「FMリクエストアワー」3時間生放送制作・出演(14年半担当)
NHK TV 特別番組司会 ドキュメンタリーナレーション 他多数出演。
  Date fm 有名アーティストのインタビュー特番、音楽番組を多数制作・出演。
  TBC TV 特別番組リポート ドキュメンタリー 多数制作・出演。
TBC Radio バラエティ番組出演 多数。またディレクターとしても制作。
                  ・・・・・・他多数
*現在出演中の番組
  Datefm 「ロックンロール黄金時代」制作・出演 25年のロングラン。
(サス番組のため一旦終了するが、リスナーによる2回の署名と嘆願書により復活)
【ナレーション・CM】
*多くのCMに出演 4000本以上。
*企業のPV、ネットセミナーや電話等の音声案内、デジタルコンテンツのナレーション。
*販売用、販促用ナレーションDVDナレーション(大崎八幡神社 他多数)
*コピーライティング&ナレーション(ams西武ラジオ番組60秒CM1985~1990年担当)

【アナウンサー養成】
*TBCアナウンス学院実践科(プロ養成コース)14年担当。
*制作会社・企業・モデルクラブにて指導。個人指導も行う。
*25年以上にわたりプロを養成。後進の多くがプロとして現在活躍中。

【セミナー講師・セラピスト養成】
*2006年より心の使い方、在り方、宇宙の基本法則などに関するセミナーを定期的に行う。
*2011年よりセラピスト養成講座を開講。現在11期を開講中。修了生はセラピストやセミナー講師として活動中。
*またヒーラーの養成も行っている。

【ヴァイヴレーションヴォイス講座】
*アナウンサー養成とセラピスト養成を合体し、深く伝わるためのヴォイス講座を開講。アナウンサーでセラピストだからこそ出来るオリジナルの講座。
(言葉、発声、滑舌だけではなく、エネルギーの伝わり方、意識の向け方、声のベクトルなど、心・体・意識とさまざまな方向からコミュニケーションにアプローチ。)
*依頼を受け企業、専門学校、小・中・高校、サークル等で開催。
*仙台青葉カルチャーセンター、仙台リビング新聞社泉教室でそれぞれ開講。

【その他】
*心と体と魂を解放する「フリーダンス・セラピー」を開催。朗読と合体させたイベントとして開催した他、毎月仙台青葉カルチャーセンターにて開講。
*心を解放する朗読会を開催。
*完全個人主催でロックコンサート(ZepのコピーバンドCinnamon)を2回開催。(400人+500人動員)

魂の成長記録であるブログ「波動日記」
著書「波動日記」
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by chandra-k | 2014-07-08 10:22 | 自己紹介 | Comments(0)