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感情の解放

昨年末からずっと自分に対する検証を続けていて、
これまで色々とわかったことがあった。
その過程においてはかなりぶれたりもしたけれど、やっと定まった。
その間の気付きについては随時私のセミナーで語って来たし、
終了してしまったことも沢山あるので別にあえてここに書かなくてもよいのだけど、
「探求の後、書く事で完全に終わらせることが出来る」という
私の今までのプロセスがあるので、これについてはとりあえず書いておこう。

それは私の感情に関すること。

このブログでも以前書いたが、私は感情帯を薄く設定して学んで来た。
相対的に見て私は、他の人に比べて感情の振幅が小さい。
喜んだり悲しんだりする私の感情の振れ幅のMAXは
他の人のMAXから見たらきっと少ないのだと思う。
(比べようがないのでどの位違うかはわからないけど)
私にとっては目一杯感情的になっていても、表面的にあまり表れないので
きっとまわりには伝わり難かったと思う。

「私は十分楽しいけど、他の人はその何倍も楽しさを感じているのかも」
なんて時々思っていた。
喜びや感動のレベルもきっとそうだったんだろうな。
でも反対に私は怒りとか妬み、嫉妬といったマイナスの感情もあまりなかった。
勿論ムカつくことはあったけど、それって人に対してというよりは
社会(のシステムや現象)に対して腹をたてていたり、
この社会をどうにかしたいと拳を握りしめていただけで
誰かに対して怒ることはなかった。
誰かがやってる行動に苛立ちや憤りを感じても、その人そのものを嫌いになったことはなかった。
(今まで生きてきて、私は嫌いな人は一人もいなかった。)

私にとって感情の振幅が小さいということは子供の頃からのコンプレックスでもあった。
誰かが泣いている時に全く同じ状態で泣いてあげられない自分を責めたり、
他の人のように激情的になれない自分を冷たい人間だと責め、
子供の頃はかなり卑下していた。
感情に翻弄される人が本当に羨ましかった。
情熱的であることが私にとっての憧れであり、
一度でいいから歌の歌詞みたいに
道に倒れて誰かの名を叫びながら泣くような自分を体験したかった。(笑)

大学の頃、酒を飲んで酔っ払ったら理性を失って違う自分に出会えるかもと
かなり飲んだこともあったけど、
どんなに飲んでもただ気持ち悪くなるだけで意識は変わらず、
吐いてしまえばケロッとするし、
他の人のテンションが上がれば上がる程、自分は醒めてしまうので、
よっぽど飲まない方が楽しいからアルコールはやめてしまった。



大津さんと出会い、
魂の感情は「穏やかな喜びと、中心から離れた時の寂しさ(郷愁のようなもの)くらいだ」
と教わり、そうか私は最初からそんな設定で生まれて来ていて、
今生では激しい感情の学びはする必要がないのかと思っていた。
きっと過去生で十分感情の学びはしたからなんだろうなと勝手に解釈していた。
そう思うことで私は自分のコンプレックスによい意味を与え、
自分を許せるようになった。

ただ感情というものは共感・共鳴を呼びやすく、何かを伝える時
そのエネルギーは深く浸透し、共振する。
深く関わるということはそういうことでもある。
私のエネルギーと役割が大きくなった今、これまでの私のままではだめだと思った時
私の中で感情というものがあらためて大きなテーマとなった。


あれは3月だっただろうか。
大津さんと感情について話していた時、大津さんが言った。
私の感情帯が薄いのは生まれつきではないと。
感情そのものがよくわからないよう生まれる前から設定して学ぶ人もいるけれど、
私の場合はある時に感情に制限を加えたのだと。

「覚えてない?」と訊かれた。
「全然」
「2歳6ヶ月の時。何かあったでしょ?」
「へ? 2歳6ヶ月って・・・・・祖父が亡くなったのは確かその頃ですけど
 全く心当たりないです。」

本当に覚えはなかった。何の心の動きもない。
それからしばらくまた感情について考え、祖父のことも考えてみたけど
ちっともわからなかった。

そしてまたしばらくして大津さんと話していた時、大津さんは教えてくれた。
「徳子さんは本当は精神的に脆くて、自分の心が壊れないように
自分で心に安全弁を設けたんだね。そうしないともたないから。
2年くらい前までだったらまだ危なかったかもしれない。
でも今ならもう感情を完全に解放して大丈夫だよ。」

な、なんと! 衝撃!
私は自分でかなり精神的にタフだと思っていた。
他人から何を言われても傷つかないし、昔から何があってもへこたれない。
ショックを受けてガックリすることはあっても立ち直りは早い。
でも実はそうではなかったの?

しかも安全弁とは!
ああ、でもそれは納得がいくことがある。
かつてこの日記に書いたけれど、私は自分の感情がMAXになると、
突然感情がシャットダウンするのだ。
例えば何か大きな出来事があって「わーっ!」と感情が高ぶると、
突然「バチッ!」と何かが切れたように、感情が完全に冷静な状態に戻り、
泣いている(または喜んでいる)自分を客観視してしまう。
それはまるで肉体の自分から自分の意識が切り離されて
ものすごく冷静に自分を観察してるみたいになってしまうのだった。
ほとんどテンション100から0への急降下。
そしてそれを私は、きっとこれは高次元意識に切り替わっているのだろうと思っていた。
(ステージで演じている時も同様な状態になるので)
でもこれって実は安全装置が働いて、
私の心が崩壊しないようにシャットダウンしていたってこと?
ああ、そういうことだったのか・・・・。知らなかった・・・。

このことを珠ちゃんに話したら「それでか!どうりで!」と納得された。
珠ちゃんに言わせると、私のエネルギーの入り方が他の人と著しく違うらしい。
他の人にはストレートに入るのに、私の場合、
何かによってエネルギーが緩衝を受け、私のフィールドに入った途端
その浸透速度がぐぐっと落ちるらしいのだ。
「防御スーツを着けてるみたいなの。」と珠ちゃんは言う。
他の人に何かを言う時は珠ちゃんは相当慎重にしてたらしいのだけど
(本人が表面意識で自覚してないのに核心をついてしまって傷つける恐れがあるから)
私に関しては防御スーツがあるから何を言っても平気だったのだと。
それどころかちょっとの刺激で動じないから、たまに徳ちゃんが揺れると嬉しいとも。

そういえば出会った頃から珠ちゃんはよく言っていた。
「最初から何でも手加減なしに話せる人はほとんどいないんだけど、
徳ちゃんと大津さんだけは大丈夫。傷付かないことわかってるから。」と。
なるほどそういうことだったのか!

また逆に、色々な人によく言われた。
「同じ言葉を言っても徳ちゃんが言うと他の人は傷付かない」と。
それもまた私の感情帯のせいだったのだろう。

さて、仕組みはわかった。
ではいったい私の2歳6ヶ月に何があったのか?
ずっと考えていた。
私の幼い頃の記憶はほとんどない。
でも祖父が亡くなった日沢山の人が家に来て、
お菓子屋をやっていた家の店先に靴が溢れていたことだけは覚えている。

その後さらに考えてみたものの何の感情も湧いてこなかった。
でもずっと考え続けていた。

そして5月。珠ちゃんと二人でお茶を飲んでいた時、またその話をしていたら
私の中でふいに何かが繋がった。
突然涙が溢れ始めた。
私の中で記憶が少しよみがえる。

祖父が亡くなった時。
私は幼かったけれど、死がどういうものかを明らかに知っていた。
もう二度と会えないことを。その肉体で戻っては来ないことを・・・・。

祖父は私を本当に可愛がってくれていて、
一緒にお風呂に入って、私が風呂の中にうんこをすると(!)
「徳子のうんこだからいい」と言って自分の肌に平気でくっつける程だったらしい。
まさに目の中に入れても痛くないほど愛してくれた。
そして私は安心してその腕の中ですべてを委ねて甘えることが出来のだと思う。
そんな祖父を交通事故で突然失った私は、それを受け入れることが出来ずに
感情に蓋をした。

交差点で車に囲まれている祖父の事故の瞬間が何度もイメージとして浮かぶのだけど、
そこに何の感情も乗らなかった。
お通夜の時、お葬式の時、泣いている人を見ながら私はとても冷静だった。
「ああ、こんな時は泣くものなんだ。」2歳6ヶ月の私はそう思って見ていた。
周りを見て泣く真似をしたような気がする。

そしてそれから私は誰にも甘えることが出来ない子供になった。
祖父は戸籍上のことで、血縁からいうと伯父にあたるのだけど
(両親が養子縁組したので)
祖父が亡くなり、未亡人になった祖母(といっても当時40才位)は
大手術をして子供もいなくて、私を自分の子供のように見ていた。
まるで母が二人になったようだったけど、どちらかに甘えるとどちらかが淋しいのでは
と私は勝手に思い、誰にも甘えることが出来なくなってしまった。
でも今思うと、そういう言い訳をしていただけで、
感情に蓋をしたことで誰にも心を開かなくなってしまったのだろう。

「おじいちゃんって、徳ちゃんにとって誰よりすごく深い繋がりがある感じがする」
と珠ちゃんが言ったら、またどわーっと涙が溢れた。
「もう好きに生きていいんだよって言ってるよ」
それからは号泣で、涙が止まらない。

私は祖父のことで、初めて涙を流した。
だってそれまで祖父のことを思っても、何の感情の動きもなかったから。
きっと幼かったからだと思っていたけど、実はそうではなかったのだ。

祖父が亡くなってからいつも思っていたことがある。
遺影の祖父は笑顔なのに、私にはいつも淋しそうで、悲しそうに見えた。
なんでなんだろうってずっと思っていた。
それは私が祖父を失ってとんでもなく悲しかったのに、
この年になるまで、ちゃんと悲しむことが出来なかったからだ。
受け入れて泣くことも出来なかったからだ。

一旦堰を切ったように溢れ出した涙は抑えられず
喫茶店のトイレの中で嗚咽しながら号泣し、それからほぼ1週間私は泣いていた。
自宅でもトイレの中やお風呂場で号泣し続けた。

安全弁を取り付けて感情帯を薄くすることで、私は沢山のことを学んだ。
だからこそ出来た学びが本当に本当に沢山あった。
そしてその私の学びに祖父は協力してくれたのだと思う。
心から祖父に感謝した。
本当にありがとう。


先日久々に実家に帰った時、祖父の遺影を見た。
祖父が「ふふっ」って、本当に笑っていた。
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by chandra-k | 2010-07-12 23:46 | Comments(6)

楽しい一日!

最近私達仲間の間ではEM石鹸が大人気!
そして先日私の番組では菌の話をして、それもまた大好評!

知らない人のためにちょこっとだけ説明するね。
まず私の番組の話。(Date FM ロックンロール黄金時代)
今聞きたい曲をかけつつ話したいことを話す回で、菌の話をきっかけにして
調和の話をした。

例えば、私達の消化管内に常在菌は100兆個いて、口の中には100億個
皮膚には1兆個の常在菌が生活している。
例えば私達の皮膚がしっとり潤っているのは、皮膚常在菌が元気に暮らしている証拠。
彼らは私達の皮脂や汗をエサにして、弱酸性のウンコやオシッコを排泄している。
そのおかげで、アルカリを好む病原菌から私達を守っている。
つまり共生しているってこと。
大腸菌も悪者とされているけど、彼らが居なかったら私達は離乳食しか食べられない。
彼らは消化に一役かっている。などなど。

菌の中には「日和見菌」というのが沢山いて、身体の中に有用な菌が増えればそれに加勢し、逆に病原菌が増えると、それに加勢する性質を表す。
私達のお腹の中では菌達が役割に応じて棲み分けをしていて
その状態はあたかもお花畑のようであるため、腸内フローラと呼ばれている。
すべては調和が大切で、調和した状態というのはすべてが豊かで美しい状態なのだ。

これは地球の状態も全く同じこと。
植物、動物、菌・・・あらゆるものが調和することによって豊かに共生することが出来る。
あわせて、農薬を使わず、本来の自然の命の循環を取り戻すことで
祝福の実りを受け取った「りんご農家木村さんの奇跡のりんご」の話や
熊が住める森こそ豊かな本来の姿であると、奥山を保護する活動をしている
「くまもり協会」の話等もした。

私達が完全にひとつであることを心の底からわかってしまうと
共に調和して生きることがシンプルであたりまえのことで、
守るとか、奪い合う必要がまったくなくなってしまう。
・・・・・そんな話。

そしてそこではEM菌の話もした。
EMとはEffective Microorganismsの略で、有用微生物群のこと。
様々な汚れをきれいにして腐敗菌を抑える働きを持っている。
例えば濃い米のとぎ汁2リットルを川に流すと、
魚がすめる水質に戻すには1200リットルの水が必要。
でも米のとぎ汁にEMを入れて発酵させることによって、
川や海をきれいにする浄化力のある水にすることが出来るというもの。
さらに天ぷら油などの廃油に苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を加えて反応させると
石鹸として利用が可能になり、これにEM醗酵液を加えると
抗酸化力がアップして、洗濯は勿論肌にも優しい石鹸として使用出来る。
そしてその排水は水も浄化する。

特に廃油ではなくオリーブオイルのエクストラバージンやパーム油、ココナッツ油から作ったスペシャル石鹸は泡立ち・泡切れ・肌触りも素晴らしくて、最近私はシャンプーはこの石鹸を使用している。
(ちなみにリンスはずいぶん前から米酢を薄めて使用。
超敏感肌の私は皮膚科の先生にこれを薦められた。)

EM石鹸を使用するようになったら排水溝がとってもきれいになって
水垢も落ちるので、最近仲間内ではEMの話でもりあがっている。
(詳しくはマキちゃん、エコちゃんに聞いてね! 石鹸作りやってるから!)

私達にEMを教えて下さったのは、菌を敬愛している岩沼の菊地さんご夫妻。
(EMを知ってるかたにはものすごく有名だと思う)
菊地さんが中心となって阿武隈川の浄化を指導したり、小学校のプールを清掃したり
色々活動されているのだけど、
先週小学校の環境学習で廃油石鹸作りをするというので、
珠ちゃん、エコちゃんと一緒にお手伝いに参加させていただいた。

小学生達は興味深々で石鹸作りをしていて、楽しそうだった。
そして口に入れても大丈夫な油から作られた石鹸の中では
魚が悠々と泳いでいるのに、合成界面活性剤を投入した水槽では
魚が呼吸出来ずに苦しんであっという間に死んでしまった映像を見て
衝撃を受けていた。
以前は米のとぎ汁EM醗酵液を使ってプールの清掃もしたそうで、
自宅でも色々と使用しているらしい。

小学校の後は、EMを使ってイチゴを栽培している由美子さんの家に
一同で向った。(ここでじゅんちゃんと合流)
出荷が済んだので、今年の最後の実りを収穫させていただけるということでわくわく。

イチゴ狩の前に、近所に素敵なハーブ園があるからと案内していただいた。
そこは「エルフの森」と名づけられた個人のお庭(森)なのだけど、
ものすごーく広大で、それでいてすべてにお世話をしているご婦人の想いが
行き届いている素敵なガーデンだった。
様々な樹木、植物が、雑草も含めちゃんと自分の居場所で心地よく存在している。
一言で言えばまさにターシャ・テューダーの庭といった感じ。
本当にうっとりしてしまう。
それはそれは心地よくて、ここで輪になってお喋りしたりエナジーワークをしたら、
本当に素敵だなぁ! 

さあ、そしていよいよイチゴ狩り。私には初体験。
由美子さんの旦那さまにイチゴの採り方をレクチャーしていただく。
イチゴは本当に可愛く沢山実っていた。
普段は果物屋さんやスーパーで購入するイチゴだけど、
こうして実っている姿をみると、あらためて自然の実り・豊かな祝福を感じて
宇宙の采配に本当に感動してしまう。

ゆっくり味わいながら採っていたため作業がとってもスローになってしまったら
由美子さんのご主人がサポートして下さった。
愛を注がれて育ったイチゴは豊かに熟して、甘い香りを放ち
そのままそこで口に含むと、じゅわーんと美味しさが広がる。
しあわせ~! STRAWBERRY FIELDS FOREVER!

箱一杯にイチゴを抱えて帰宅したその日は、とんでもなく充実した一日だった。
あー楽しかったね!

菊地さんご夫妻! 
由美子さんと旦那様!
ご一緒したみなさま
本当にありがとうございました!
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by chandra-k | 2010-07-01 00:30 | Comments(4)