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ハートの中心=地球の中心=宇宙の中心

今週のエナジーを記録しておこう。

いつものように身体がぐるぐる回転していたが
「心と身体と魂がひとつに・・・」という誘導の瞬間に
ピタリと静止する。
といっても勿論完全に止まったのではなく 限りなく精妙な振動状態に即座に入る。
黄金の波動。
この状態になるのがすごく早くなった。

最近は中心から(その時によって中心は大日如来だったり、マリアだったりした)
幾何学模様が広がっていく曼荼羅っぽいイメージを感じていたけど
今回は中心が沢山あって、そこから幾何学模様が広がりながら円になっていた。
つまり光の珠が数珠のように連なって円となり、
それぞれが光を放つ宇宙の中心という感じ。
ああ、この珠は私達一人一人なんだなって思った。

そういえば今月のクリシュナ学園では最後に特別エナジーのようになり、
その時私は三人の菩薩を感じ、その後は中心におそらくクリシュナを感じた。
ちなみにその時はやすりんさんも三人の菩薩を感じたそうだし、
実は久美ちゃんも三人の菩薩を感じていたそう。
しかもその三人の内の一人が自分で、自分の本質のとても美しい部分を顕わしていて
そのあまりの美しさに 私達一人一人の本質は本当に美しくて素晴らしいもので
疑いようがないと深く感じ、確信したと言っていた。

今回は私達皆がそれぞれの輝きを持つ美しい光の環となっていた。

「豊かさ」の誘導の時は色々なものが 幾何学模様の状態で重なり合う。
どんな光の色をイメージしてもベースには黄金の光の精妙で穏やかな世界が広がる。

今回一番面白かったのはハートの中心を定めて覚醒する時。
「ハートの中心」と思った瞬間に、ハートの中心と、地球の中心と、宇宙の中心が
見事に自分の身体にはまった。
しかもその中心は大きく、自分の身体を完全にすっぽり包む球体状。

今まで地球の中心や宇宙の中心を自分のハートの中心に繋げる時は
一旦地球の中心とハートの中心を黄金の光の柱で繋げたり、
遥か彼方にある宇宙の中心を想い、そことハートの中心を黄金の光の柱で繋いで
それを「せーの、はいっ!」とジャンプして(ワープして)一致させることをしていた。
 
そしてそれをやる時、実は私は「でもハートの中心と宇宙の中心は離れてないのになぁ。
宇宙の中心を遥か遠くに想うのって違和感があるなぁ」って思っていた。

でも今回のエナジーで、ハートの中心と思った瞬間に地球の中心と、宇宙の中心が
あたりまえのようにそこで一致したことで(最初から同じだったということが自然な状態)
今までの私が「ハートの中心と宇宙の中心は離れてないのになぁ。」と思っていたが
実は本当にそれを感じてなくて、あくまで概念(知識)で認識していたことがわかった。

本当にハートの中心(私の中心)と地球の中心と宇宙の中心は最初からここにあり
さいしょからおなじものだった!
なるほど、そういうことか。

私達は信じる必要はない。
ただ体験するだけでいい。
その状態を認め感じるだけでいいのだ。
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by chandra-k | 2009-01-30 22:55 | Comments(3)

只今リフレッシュ中

昨年の1月から1年ぶりにメインのパソコンが起動しなくなった。

1年前も全く起動しなくてパソコンショップに持ち込んだが
その時は結局原因不明。やがて復活した。
(私の予想では大津さんの日記を大量にファイルし、保存したばかりだったので
波動があまりに高すぎてPCがついていけなかったのではないかと。
ショップから戻ると速攻CDに焼いてPCから削除した。笑)

あれから1年。1/18の夜。
今度はデスクトップの画面まで行くけどそこから何も開かない。
勿論ネットにも繋がらないし、復元しようとしてもマイコンピュータも
ヘルプも開かずシステムツールに行けない。
正常終了も出来ず、強制終了をかけて再起動を繰り返してもだめ。
今度はウィンドウズの起動ロゴ前の画面から
セイフティモードをかけたり 復元を試みるもやっぱりだめ。
うぇ~ん。
とにかく現在の私が出来ることを全てやってみるも結局らちがあかず、
セッティングをバラしてパソコンショップに持ち込んだ。

我家には3台パソコンがあるので とりあえずネットとメールはどうにかなるから
急場はしのげるのだけど、メインのパソコンが動かないとものすごく不便。
仕事にも支障が出る。
HPの更新も出来ないのでMieちゃんにサポートをお願いする。
ありがとうMieちゃん!

ショップで詳しくチェックしてもらったら 部品やハードディスク、マザーボードは
大丈夫だったけれどOSにエラーが沢山出ているとのこと。
結局OSの再インストールになってしまった!
電話でショップの技術者と色々相談をする。

2年半前にハードディスクが壊れた時は見事にデータが無くなり
かなり痛い目にあっているのでレイドを組んでミラーリングしていたため
レイドをやめて1枚のハードディスクにOSを入れてCドライブにして
もう一枚をそのままデータを残してDドライブにしてもらうことに。

さらに前回はCD関係の膨大なブックマークデータが無くなって大変だったため
そのすぐ後にプロバイダのバックアップサービスを契約し
ブックマークやデスクトップ、メール、写真や文書のデータを
ネット上で保存しているので それを戻ってきたパソコンに復元する。
が! 「元の場所に戻す」にしたはずなのに行方不明!
しょうがないのでサポートセンターに電話して一緒に探す。
結局隠しファイルのかなーり深い層に入っていた。何故だ?
そしてうまく移動出来ず、サポートセンターの人から
「こちらではこれ以上のサポートは無理です」と言われる。ガーン!

その後自分で色々やってみるうち地道な手作業で移動に成功した。
とにかくあらゆる設定をやりなおし、アプリケーションをひとつひとつインストールし
この1週間は毎日夜中までパソコンと格闘、いや仲良くして、
今現在どうにかこうにか元の状態の80%位には復元した。

ということで今ちょっと一息。ふ~っ。

まあ色々大変な1週間だったけど、作業をしながら感じたのは
パソコンに関して自分が確実に成長していることだった。
私達は日常の生活で日々色々学んでいるが それがなかなかかたちとして見えないから
どれだけ成長したかあまりよくわからないことが多い。
でもパソコンの場合は出来ることが目に見えて増えてゆくし
ひとつを学ぶとその応用が沢山出来るようになる。
私達もそんな風に 実は見えないところで沢山成長しているのだろうなぁ。
でもそれがわからないからすぐ自分にダメ出ししちゃうのだろう。
今回は、パソコンを復元する作業をかなり自分でやれたので
自分で自分を褒めてあげたのだけど
私達も日常の自分をもっと褒めてあげていいのだなぁ~って思った。

とにかく我家のパソコンは新年を迎えてかなりリフレッシュ!
この日記も長く書いて来たし、今年は私が今まで学んだこと(この日記)を
わかりやすくまとめようと思っているので このリフレッシュは
そのための準備なのだろう。

今年になってから我家は色々なことをリフレッシュ中。
聞かない&仕事で使わないと思われるCDも日々整理し
夫と私で合計1000枚程のCDを処分した。
これからどんどん身軽にしてリフレッシュしていこう!
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by chandra-k | 2009-01-25 23:03 | Comments(7)

よってたかって幸せマッサージの会

久々に香りのセルフマッサージの会があった。
土日はいつも仕事で時間がとれない私が今回は時間が空く。
参加者は7人。
菜穂ちゃんが仙台に住んでいて 菜穂ちゃんの家でセルフの会をしていた頃からの
メンバーだけだったのでなんだかとっても懐かしい感覚。

冬の香りのオイルを胸に塗っていたら暖炉が浮かんで来た。
そしてその後テッシュに香りを一滴落として吸い込むと
オイルを塗ったハートのチャクラが空間になって開いて
そこに吸い込んだ香りがどんどん入って行き、満たされてゆく。
どんどんどんどん満たされて ハートが豊かさで一杯になる感じというか・・・。

セルフマッサージをした後、背中にオイルを入れたいという私の要望から、
久々に背中のマッサージをすることになったのだけど
以前やってたみたいに二人一組でやるのではなく
今回は一人を全員でやろうということになる。

実は去年の正月にものすごい体調不良になり声が出なくなったのだが
そのきっかけになったのが 年越しでパソコンで見ていた映画のDVDだった。
イヤホンで5時間見ていたのでダイレクトにそのエネルギーにやられてしまったのだった。
(当時はその波動にひっぱられるのでこのことを日記に書かなかった。
それにしても一昨年前はなんて年越しをしたんだろう。
うすうすわかっていながら やらずにいられなかったというか、
とにかく私が大きな気づきに至る為に明らかにその体験を選んだと今はわかる)

そしてその映画の関連作を前日テレビで放送していたのだけど
それをチラリと見た瞬間、粗い波動が私の首の後ろにやってきて
身体がザワザワし始めた。
グリットでシャットアウトしたけれど その感触が残っていた。

おそらくその映画そのものの波動に影響されたというよりは
その映画の波動に触れたことによって1年前の自分の身体の波動の記憶が
呼び覚まされたという感じなのだろう。

それで自分の首の後ろにエネルギーを入れてもらいたかったので
リクエストしたのだった。

まずは私が中央に横たわると 全員が私を囲んでオイルマッサージをする。
6人の手が(しかも全員ヒーラー!)一斉に私の背中でマッサージ!
なんと贅沢な! それはまるでマハラジャ気分?!
植物のエネルギーとみんなのエネルギーが融合しながら
私の中に溶けてゆく。
とっても温かくなって復活した~!!!
みんなありがとう。

その後は一人一人をよってたかって(笑)全員でやった。
みんなそれぞれ感じるままにヒーリングとマッサージを組み合わせてやる。
みんなでやってるのに 一人で一杯手を持ってるみたいな感じ。
千手観音っぽいなぁ。

みんなでよってたかって幸せ!
ああ~面白かった!
またやろうね!

その後 セラピスト伝授を受けたてのみっちゃんの旦那さまと大津さんが合流。
みっちゃんの旦那さまは穏やかさと優しさが増してる感じ。
6-3だって! 素晴らしい! おめでとうございます!

そういえば私も6-9-9になってるらしい。もうちょっと。
忘れるから一応書いておこう。
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by chandra-k | 2009-01-18 00:47 | Comments(6)

誕生!

さんちゃんと、ときちゃんの赤ちゃんが本日誕生した!
お知らせメール、赤ちゃんの写真のメールが届く。
しっかりした顔で瞳が輝いてる男の子。
本当に嬉しいお知らせ!
おめでとう!!!

何度かこの日記に二人のことを書いているが
共に真理を学ぶ仲間として出会い、結婚した二人。
出会いの時から知っているし 見守ってきた二人の赤ちゃんの誕生を
皆がずーっと楽しみにしてきた。
そして今日がその誕生の日。
いよいよ彼がお母さんであるときちゃんから離れて
自分の身体を自分で使いながら学んでゆくスタートの日。

さんちゃんときちゃんや、その家族は勿論だけど
私達みんながこんなにも嬉しい。
そして世界がこんなにも喜んで祝福しているのだと思う。

「おおいなるわたし」の一部が肉体を持って学ぶことを決めて、
互いにお父さんお母さん子供として学ぶことを約束して
この地球にかたちをもって送り出される。
大きな宇宙の細胞のひとつとして。
そしてそれを肉体を持っている「わたし」も、持ってない「わたし」も、
人間である「わたし」も、そうでない「わたし」も、
全ての「わたし」がその誕生と新たな体験の始まりを祝福し喜んでいる。

私達ってこんな風に世界から祝福されて生まれて来たんだね。
勝手に不幸の眼鏡を掛けて「わたしなんて」と思ったり、
勝手に自分は孤独だと思い込み閉じてしまったりしてたけど
本当はこんな風に誰もが世界から祝福されながら生まれてきたんだなぁ。
そしてその祝福はずーっと続いているのだね。永遠に。
私達の存在そのものを喜び、祝福し続けているのだ。
例え本人がそれをすっかり忘れていても。

まだもう少し先のことではあるけれど
この地球に住むみんなの意識が変化して、
みんなひとつであると本当にあたりまえに誰もがわかるようになった頃
地球がひとつの家族となり 地球連邦国家が出来る頃
生まれて来る子供は 「私達みんなの地球の子供」となり
生まれて来た子をみんなが知っていて
「あ、今日誕生した君! ようこそ! 一緒に楽しく学ぼうね!」って
誰もが笑顔で声を掛け、溢れる程の愛を持って抱きしめ祝福する。
そんな時代がやってくるのだなぁ~って想いながら胸が熱くなった。

「誕生」それは世界にとっての祝祭。とっても大きなイベント。
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by chandra-k | 2009-01-16 22:01 | Comments(8)

大前提・基本

ずいぶん昔からスピリチュアル・精神世界とかニューエイジ関係の本を読んでいて
「すべてはひとつ」「本質はひとつ」「私達の本質は神であり愛である」
・・・・・この類の表現には数限りなく出会ってきた。
だから私は約6年前に大津さんに出会った時、発せられた言葉に対し
「そんなことはすでに知ってます!」と思っていた。

でも実は知っていたのは「その言葉」と上っ面の知識だけで、
ちっともわかっていなかったことが成長した後になってわかった。

「わかる」ということは、そのものの波動で生きているということ。

「わかった」と言っても、どれだけ深く、広く、高く、感じて生きているか
どれだけ顕わして生きているかは 多くの人にとって言葉だけで識別することは難しい。
波動の精妙さや、幸せ度数や、その人の心から溢れ出る喜びや輝き、神聖さ等
顕れて来ているもので それはある程度わかるけど、
使っている言葉自体は同じだから「言葉だけ」を捉えると
多くの人にはその違いはわからないだろう。

だから「それは知ってます」「わかってます」と平気で言えてしまうのだ。
まあ、本人はわかったつもりだからしょうがないけど。私もそうだったし。

多くの本、多くの人は
「本質はひとつで 私達の本質は神である たったひとつの真我・神我である」と
言っていても、
「自分の本質は神だけど、今はまだまだそれには遠くて
それを目指して頑張ってます」という意識でその言葉を発している。
「本質は同じだ」と言いながら、イエスや仏陀は自分とは違うと
特別視をしている。
真我も悟りも真理も「追求」するものだと思っていて
今の自分が本当は完全であると思ってはいない。
だからいつまでたっても真我も神も悟りも遥か遠くにあって
「近づこう」とすること自体が修行や苦行に感じられてしまう。
それは果てしない道だ。

「原因と結果の法則」は表面意識がわかっていようがいまいが、
本人が表面意識で望んでいようがいまいが
本人が本当に意識を向けているところに原因を創り出す。
本人の言葉ではなく「その言葉の裏にある想い・意識」の通りに現象が創られる。
だって私達は完全なる「創り主だから」

「本質はひとつである」と言葉を発しながらも
「でも私はまだひとつになれてないなぁ」と思ってると
ひとつになれていないほうを強化して作り出す。


「私は健康である」と何度も唱えても
「でも病気はあるし」と思っていると病気にフォーカスし続けてしまう。

心に強制が入っている状態での発言は 言っている言葉と逆の現象を作り出してしまう。

「真我に委ねて生きている」とか「真我を信じきって生きる」とか
かつてはよく私も唱えていたけど、
「委ねるとか信じるって自分と真我との間に距離があるって感じないか?
別のものと思ってないか?」と自答して この言葉を使うのをやめた。

自分が嘘に感じない言葉。
自分がすんなり腑に落ちる言葉。
それを使って、意識を向け、そこに創造する。自分の望む世界を!

例えば私の細胞の一つが
「果たして私は本当に徳子か?」と疑うだろうか?
毎日自答するだろうか? それはとても滑稽だ。
例えば私の一つの細胞が「私を徳子に委ねきろう。徳子を信じきろう。」と思うか?
思ったとしたら自分が徳子の細胞であることを忘れているだけのこと。
例えその細胞が自分は徳子かと疑っていようと、委ねようともがいていようといまいと
その細胞は徳子の中にあり、離れていることはありえない。

それを展開させ、「全てが真我なら
私は一度たりとて真我から離れたことも 真我でなかったこともない」
「全てが真我であれば離れようと思っても離れることは不可能である」
「自分が真我であることを忘れているだけで 真我から出来ていて
真我そのものが生きて活動している(働いている)のだから
真我以外のものであるはずがない」と心の底から思えるようになってしまった。
つまり私の中でやっと腑に落ちたのだった。
そして私はやっとそこで「真我である私」を認めるということが出来た。

「真我そのものが生きて働き給う」
「愛そのものが生きて働き給う」
それが私のなかでリアルなものとなった。

それがいつだったかはっきり覚えていないけど、おそらくその時はこの
日記に記していたように思う。

そして最近は
存在そのものが愛であり、調和であり、智慧であり、幸せであり、豊かさである
ということは
「私は智慧ちゃんの細胞!だから智慧から離れたことも智慧でなかったこともない」
「私である智慧ちゃんが、生きて働いている」と思っていて、
同様に「私は幸せちゃん」とか「私は豊かちゃん」だ!
などと思っているところ。

そこには分離も距離もありえない。
智慧を信じるとか 智慧に委ねるとか 智慧を求めるとか 智慧を探求するとか
そういうものではない。
「だって智慧そのものなんだも~ん。使えて当然」という認識。
それを認めるということ。

「私達は本質でひとつ」と言ったり、書いたりしている時に
離れている状態・現象をまず前提として 近づこうとする意識で生きるか、
最初からひとつがあたりまえであることを大前提で認めて
それを基本として生きるかでは 創られるものがまるっきり違うということだ。

私達は創り主。
だったら最初からそのもののわたしを認めて現象化したほうがいいよね。
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by chandra-k | 2009-01-15 19:22 | Comments(6)

私に関する考察

私はいつも重要ポイントは逃さずにベストタイミングで行動を起こすという特徴がある。
前にも書いたが大津さんによれば「どんなにずれても肝心なところでは確実に戻って来る」らしい。
よって生まれる前に決めた予定にピッタリ合わせて進むそうだ。
(普通は数ヶ月とか、人によっては数年とか若干予定とずれるらしいが 私の場合は「その日」に確実に照準を合わせてるんだって。)
重要な「その時」は必ずわかるし、「その時」は「それをやる」以外の選択肢が考えられない。
ある意味とても便利な個性といえるな。

また、どうも私は事柄の重要ポイントだけは必ず拾うという特徴もあるみたい。

例えば連ドラ等ほとんど見ていなくても、たまたまテレビを点けてちょこっとだけ数回見ると
そのドラマの重要ポイントだけ選んだように見てるらしく
そのドラマがどんなストーリーで何を表現しようとしているか大体わかる。

高校の時は授業中コミックを読みながら隣の友達とお喋りをよくしていたけど、
実は先生の話の重要ポイントはちゃんと聞いていてノートもしっかりとっていた。
大体同時に3つの事は出来る。その時々でスイッチが切り替わるみたい。
(私の隣の友人はかなり優秀だったのに国立大に落ちて、友人皆から「及川の隣になったせいだ!」と言われた。ごめんなさーい!)

前に日記に書いたけどプロ野球を見ていても「おいしい所」はいつも逃さない。

幾つかの情報があるとそれを使って全体を作り上げるってことも得意だった。
「私は少ない情報をアレンジしていくらでも膨らませることが出来るけど
0から1を生み出すことが出来ない。私は個性がなくてオリジナリティがない。
それってとってもインチキくさい。まるで他人の褌で相撲をとってるみたいだ。」
昔の私はそんな風に自分を卑下して責めてコンプレックスを抱いていた。

でもだんだんこれが私の個性なのだとわかってきた。

あるアーティストのアルバムを沢山聞くと その人がどういう人か大体わかる。
わかるというのは具体的なことではなく「その人像の感触」みたいなもの。
そして特集番組を作る場合は私の中で勝手に構成が出来上がってくる。
実際その漠然とした感じのまま構成してみると計ったようにぴったり時間に収まるので
「私って天才!」と自画自賛してしまう。
ただ、放送が終ったとたんにキレイさっぱり忘れてしまって
話した具体的な内容を思い出せなくなる。
残るのはぼんやりと漠然としたそのアーティストの全体的な波動みたいな感じかな。

私は昔は「自分は情報をかき集めて全体を推測するのが得意」と思っていたが
実は推測ではなく、私がやってるのは 
その小さな情報が内包している全体の多次元波動を自分の中に入れてるみたいなのだ。
その情報が多ければ多いほどその精度が上がる感じ。

言葉にはうまく出来ないけど、「その人の持つ波動の色合い」みたいなものを
どんどん私の中に入れ、そこで感じとってるというのかな。
大きな全体像はよくわかるのだけど、逆にピンポイントはよくわからない。
ずいぶん前に「徳ちゃんは媒体であり、図書館みたいな役割」と大津さんに言われたけど
私って色彩のない大きな空間で あらゆるものを吸い込んで
その中で何らかの体系化が置き、ある程度整うとそれを形にして出すシステムみたい。
ある時期はひたすらインプットされ、それが整理されるとアウトプットが
オートマティックに始まる。
だからその時期によってやたら何かを吸収してたり、逆に立て続けに表現してたりを
繰り返している。
この日記もそう。続けて書いたかと思うとピタッと止まる。

夫は膨大なCDを毎日聞き続けているのだけど、
結婚して22年私も当然何かをしながらそれを耳に入れている。
その間私は無意識に沢山の波動情報を自分の中に入れているのだろうか?
だとすれば夫は私の波動収集に多大な協力をしてくれていたのだ!

さて自分に関しての現在の考察はこんな感じなのだけど
これからの自分に関して考える。

波動を沢山吸収し、図書館のように私の中に蓄積されていたのなら
それを使いこなさないと意味がない。
吸収して忘れるのもいいけど、一時的には忘れていても必要な時に引き出して
それを役立てて全体生命へ貢献しないと。
そして私の場合情報をいくつか集めることによって 全体像を感じるということは
一つの情報も全てを含んでいるわけだから ほんの小さな情報からでも
確実に全体を感じることが出来るように精度をあげていこう。
そして全体像だけじゃなく 個々の要素・詳細も引き出して使えるとさらに便利。

これからはこんな感じに設定していこう。
なんたって宇宙真我は全知全能なんだから。
そして真我は智慧そのものなのだから。
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by chandra-k | 2009-01-08 19:09 | 私について | Comments(0)

今年初エナジー

新年第1回のエナジーなので白い聖歌隊セーター(?笑)を着て張り切って出掛ける。

で、今日のエナジーは終り方がいつもと全く違っていた。
いつもは最後にどんどん輪郭がくっきりして(三次元を感じて)
「ハートの中心をしっかりと定めて・・・」の誘導が終らないうちに勝手に目が開き
すっきりクリアなさわやかな目覚めで、特に最近は肉体の自分をしっかり感じながらも
自分のフィールドが無限に広がっているのを感じられる状態だった。

それが今日は目が覚めても輪郭がぼんやりしていた。
それはエナジー終了寸前に いつもは高次元で感じる黄金の光が突如グワッと感じられ
そのままの状態で目覚めたからかもしれない。

とにかく私もまわりも振動したままボワーンとしてくっきりした区別がない。
全てが漠然としたまどろみの感覚の中でたゆたってる感じ。
光の海に溶けたまま存在している感覚。
波がやってくると それに揺れながらも私の中をその波が通り抜けてゆく。
手を上げるとそのまわりにまとわりついた袂みたいな半物質のゼリーが
一緒にビヨヨーンとくっついてきてるみたい。
固体がしっかりとした輪郭のある硬質な固体として感じられない。

これって・・・・確かずいぶん前に味わったことがある・・・・・
思い出した!
私が約6年前、ものすごく分離感がある状態で初めての伝授を受けた後だ!
ボロボロだった私のフィールドが編みなおされてる最中の3日間
激しい頭痛と共に私の肉体感覚は曖昧になり、輪郭がぼんやりして
何に触れてもはっきりした物質感覚がなくてまるで霧のなかで生きてるみたいな感覚だった。
(その時はフィールドが編みあがると同時に 夢から覚めたみたいに、霧が晴れるみたいにクリアな肉体感覚が戻って来た。)
まさにあの時と同じ。

実はやすりんさんも同じことを感じていて、やすりんさんの表現では
「いつもと終り方が明らかに違って、マイルドな感覚。肌がしっとりしてる」
ということだった。
ちえちゃんも似たようなことを言っていた。

表現は違うけどまわりと自分との区別が曖昧になり、溶け込んで一体化している状態。
脳がスッキリ働かない感じ。
気持ちいいのだけど、三次元で機能するにはちょっと大変そう。
なんか「ぼわぼわぼわーっ」としている。

大津さんに「珠ちゃんの普通の感覚ってこんな感じなんですか?」と訊くと
「いや それよりもっともっとずっとすごい」だって。
おお! これは確かに三次元で生きるには大変だ!
だって私とあなたと皆と物質の境目がよくわからない感じだもん。
しかもそれに加えて天然色のエネルギーの流れが見えてたら
あなたと私をどうやってくっきり区別していいかわからない。
一体感を感じるのが簡単な反面 人間として三次元で機能するのは大変だぁ!
ほんの少し珠ちゃんの感覚を体感したよ!

そして再び全員で目を閉じて ハートに黄金の球を想い
それを地球の中心に黄金の光で繋げ、その後ハートの中心と地球の中心を重ねて一体化する。
さらにハートに黄金の球を想い そこから遥か天上の宇宙の中心と黄金の光で繋がって
いるイメージをして その後宇宙の中心とハートの中心と地球の中心を全て重ねて
一体化させる。
そうやってからハートの中心をしっかりと定めると いつものように自然に目が開いた。
そして今度は輪郭がくっきりと戻ってくる。
でもいつもと違うのは輪郭がくっきりはっきりしてるけれど すべてのものとの一体感も
同時に感じる。
自分が透明人間になった感じ。
光の海の中で輪郭だけがちゃんとあるけど、中身は光の海そのものであり
自分の中を自由にエネルギーは通り抜けることも可能だけど
自分という個体・固体として三次元で機能することも可能だ。
これなら脳も明晰に働いて行動しやすい。
意思を行動として具体的に明確化しやすい感覚だ。

やすりんさんも同様のことを言ってた。
肌はマイルドしっとりから さらさらした感じになったって。

なるほどねぇ。
なんだか人間の感覚の仕組みを体験したみたい。
 
というわけで今年初エナジーも新たな体験の幕開けだった。
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by chandra-k | 2009-01-05 22:00 | Comments(4)

菩薩を生きる

あれは昨年の11月だったろうか。
「徳ちゃんはどんな菩薩になりたいの?」と大津さんに尋ねられた。
その時私は
「この世界を常に慈しみの目で見続け、
私がそこにいるだけで、たとえ誰かに直接目を向けていなくても
その人が自分に慈しみの想いが向け続けられていることを感じられるような
あたたかな想いにつつまれて 穏やかに安心出来るような。。。。
そんな菩薩でありたいです。」
そう即答した。

かつて私はどんな人の中にも光を見出すのが得意だった。
例えその人がどんなに苦しんでいようと
例えその人がどんなに本来の自分を忘れていようと
私はその人の中に光を見出すことが出来た。
そしてそんな自分が好きだった。

だから私は人を嫌いになったことは一度もなかった。
どんな極悪と呼ばれる犯罪を犯した人を見ても嫌いにはなれなかった。
私がかなり攻撃的だった頃
「あれは許せない」と誰かの行為を批判するようなことは言っていたけど
それはいつだってその行為自体に対し納得いかないだけで、
やってるその人そのものを嫌いになることは出来なかった。

でも今考えると私は
「その人の闇を認めた上で、そのなかでひっそり輝く光を見つける」のが好きだった
ということがわかった。
そう、光も認めるけれど、必ず闇が実在すると思い
光と闇の両方に力を与え続けるということを長年してきたのだった。

私のその人を理解したいとか、その人を助けたいという想いから
その人の創り出した汚れという幻にアクセスし
その汚れを通してうすぼんやり輝いているように見える真我の光をずっと見ていたのだった。

そして成長した今の私は
本当は闇なんて、汚れなんて本当は最初からなかったのだということを知っている。
誰かが例えどんなに苦しんでいようと、どんな言葉を発していようと
どんな行動をしていようと
「真我のわたし」は美しく、罪汚れがないことを。
常に真の輝きを放ち続けていることを。
最初から、いつだって、「わたし」である真我は完全にそこに在り続けていた。
そして私はどんな時もそこだけを見続けていればいい。
そうしたら揺らぐことはありえない。

確かに現象は辛く苦しく見えるかもしれない。
でも常にその奥に圧倒的な存在として燦然と輝く真我があるのだ。
だからそれを心の底から完全にわかった上で
その現象に対し、その学びの体験をしている全ての人に対し
常にあたたかな慈しみの目を向け続けてゆきたい。
それが私のありたい菩薩の姿だ。

ずっと前、真理を学び始めた頃。
七次元・菩薩の意識というとマザーテレサの意識状態であるから
彼女と同じようなことをしなくてはいけないのかと思った。
そしてそれはあまりにも自分にはプレッシャーで、かえって苦しいと思っていた。
でも今の私は自分らしい様々な顕わし方をすればいいということを知っている。

私はまだ菩薩意識には到達していないけれど
それはもはや遥か彼方のものではなくなった。
そして自分が今どのくらいの周波数かもある意味どうでもよくなった。
とにかく今自分がやりたいことを、喜びを感じることを、
ただ顕わして生きるだけ。
悟りも、真理も、探究するものではなく
ただそれを、そのものを生きるだけなのだから。
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by chandra-k | 2009-01-03 19:35 | Comments(4)

創造のみなもと

2008年も色々なことがあった。
地球も私も学びが加速しているので
中身が濃すぎて沢山の出来事が遥か昔のよう。。。。。

かつて「原因と結果の法則」を知らなかった私は、
無意識にかたっぱしから様々な原因を創り
時間軸が入り乱れた状態でその結果を受け取っていた。
自分が創っていたことも知らないで 嬉しい結果も受け取ったけれど
それ以上に辛い結果・現象もずいぶん受け取った。

でもそれは皆自分が体験したいがために創ってきたこと。
多くの魂の協力によって体験をすることが出来た学びだった。
すべてに感謝の想いが溢れる。

今この瞬間に現象の捉えかたを変えるだけで、見方・視点を変えるだけで、
この世界も、過去も未来も一変する。

かつて私は現象から多くを学んでいた。
自分で創りだした現象に翻弄されながら そこで苦しみ、考え、気づき、
捉え方を変え、その意味がわかり、感謝し、学ぶという課程を繰り返して来た。
漠然と無意識に創った現象を受け取って、そこから学ぶという方式だった。
それは受動的な学びの課程だったとも言える。

でも自分でこの世界を創り出しているということがわかった今、
私達は一人一人が創り主であるということがわかった今、
これからは意識的に創り出し、そこから学んでゆくという段階に入ったのだと思う。
自分が体験したいものを決めて原因を創り、深め、
その結果を受け取りながら学んでゆく。
私達は創り主なのだから。

前々回の日記にも書いたように
自分で汚れや罪悪感を創らなくなっただけで相手からも消えてしまうほど
私達の創り出す力というのは、本人が思っている以上にとてつもなく大きく、
まわりに大きな影響を与え、世界が変わるほどのものなのだから。
何といっても私達は「宇宙真我であるたったひとつのわたし」なのだから。

消極的に現象から学ぶのはもう本当に終った。

私達は愛そのもの、いのちそのもの、真我そのものであり
一度たりとてそこから離れたことはないのだから
肉体このままで創造の源として、自分が学びたい喜びの体験を創り
愛である「わたし」を深め、高め、拡げてゆこう。
美しき調和に満ち、豊かで、智慧そのものであるわたしを深めながら
この世界で肉体を持って体験し続ける「わたしであるあなた」と共に
喜びと幸せの詩を歌いながら響きあっていこう。
自分らしく芳しく香りながら祝祭の踊りを舞おう。

喜びと輝きに満ちた地上天国と地球家族のために。

2009年がますます素晴らしい年であるように。



わたしであるあなたへ
あなたであるわたしから
今年も宜しくお願いします。
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やっぱり元日の太陽はパワーがあるわぁ!!!
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by chandra-k | 2009-01-01 00:00 | Comments(6)