<   2007年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

清らか

今年最後のエナジーワークに行く。
年末年始にかけて 何かがものすごく加速しているのを感じてるから
年末忙しいにもかかわらず皆やって来た。
Mieちゃんも東京から日帰り参加だったので 皆Mieちゃんも顔を発見するなり
「うわぁー!」と驚喜の声でハグするし、Mieちゃんの笑い声も大きいので
事務所の中は最初からハイテンションで 朝から忘年会のような賑やかさだった。

いつもエナジーの後一人づつ体験したことや感じたことを言うのだけど、
今日は私が「最近私は清らかで・・・・」と言ったら、ものすごい大爆笑となる。
そこ、笑うとこか?(笑。ま、皆そう思ってくれてるからの大爆笑なんだけど)
さらに「うんこの話をしても清らかで・・・」と言ったら さらなる大爆笑!

クリスマスイブに事務所でくにちゃんとジュンちゃんを囲んでいた時
杜の家の天使モモちゃんが「うん子ちゃんとおしっ子ちゃんの物語」を書いていた。
イラスト入りで トグロをまいたうん子ちゃんはピカピカでピンク色!
(子供ってうんこ・おしっこ・おならが大好きだよね)
その物語を見ていたやすりんさんから「うんこおしっこ担当は徳子さんだから」と
そこで任命を受けた。
確かに最近私はうんこ話を色々していたからね。(笑)
だってね、私は日々快便で 長くて太くて、するりとあっという間に出て
臭くなくて、しかも浮く便が出た時は あまりの見事さに感動して
誰かに見せたくなるほど。(さすがに見せないけど)

久美ちゃんは「うんこも多次元で宇宙真我がある」って解説してたし(笑)
元看護師のあっちゃんも「うんこはとても大切なんだから」とまじめに言ってたが、
荘子だって弟子の東郭子との問答で言ってるのだ。
「タオとか、道とか、よく言いますけれどそれはいったいどこにあるんですか」
「タオはどこにも いたるところにある」
「タオはオケラやアリの中にあるのさ」
「タオはな、小便や糞の中にあるのさ」と。

で、最近私は本当に穏やかで清らかな感じなのだ。
「私は高いところだけを見て生きて行く」と前から思っていたし、
そう口にしていたけど 以前はどうしても汚れにひっぱられながら
(汚れを認めながら)自分に強制していたのだけど、ここにきて
本当に心から穏やかに、自然にそう思えるようになったなぁと感じている。

今日のエナジーでは自分から発せられる真我の波動やキリスト意識の波動を
感じ その中心は自分以外にはありえないという確信を持ちながら、
今度はその中心が真我の波動に溶けて 限りなく静止に近い精妙な振動の中
「絶対無のちょっと手前」の感じってこんななのかな 
なんていうのを感じた。

最近私はお風呂の中で毎日裸で「アヴェ・マリア」を歌っている。
その話をした時も爆笑だったな。
以前はお風呂の中で裸でチャクラ融合の瞑想をしてたのだけど
最近は倍音を感じる七次元へのいざないのお祈りをやったり
「アヴェ・マリア」を歌っている。
といってもまともに歌うのではなく、自分の呼吸の振動が
空気を伝わって広がっていくのをリアルに感じるために
とても小さなかすかな声を息に乗せて(息にメロディという振動を与えながら)
その波紋を味わっていたのだった。

帰る寸前トモちゃんと「これからはいかに表わすかだね」という話をする。
そう、現象に振り回されて現象から学ぶのはおしまい。
来年からは学んだことをいかにこの現象界で表わしていくか。
そっちが主となるんだと感じている。

どんどん変化している。加速している。
今年出会った沢山の仲間、出会って1年未満とはとても思えない。
それまでも共に学んで来た仲間。
みんな、全員変化している。大きく。
そして深く繋がっている。

みんな今年もありがとう。
来年もよろしくね。


追記:清らかさではダントツではないかと私が思うやすりんさんが
今日セラピスト伝授と共に6次元入り!!! やったー!!! おめでとう!!!
清らかで軽やかで柔らかでたおやかで透明感のあるやすりんさんが
ますます素敵に輝いていると思っただけで幸せ!!!
昨年のクリスマスに番組を聞いてくれて出会い、今年初めて会ったのに
ものすごく濃密な1年だったね。出会ってくれてありがとうーーーー!!!
[PR]
by chandra-k | 2007-12-28 19:19 | Comments(4)

宇宙の中心

12月11日の日記にも書いたが 真我の波動を自分の波動として
リアルに感じられてから 明らかに私は変化した。
今までの真我の波動を垣間見て感じていたのとははっきり違う。
(それは自分と真我の波動が分離していたから)

今感じるのは・・・・・
自分が呼吸をし、私の意識が拡散したり収束するように・・・・
そのエネルギーがあらゆるものと交流し、やがて還ってくるように・・・・・
私が声を発し、その振動が波紋のように遥かに拡がっていくように・・・・
私のフィールドがあらゆるものに浸透しながら 無限の宇宙となるように・・・・
「おおいなるわたし」である真我の波動が 明らかに私として認識され
私のあらゆるフィールドと重なり、私から発せられていること。

それは肉体そのもので、創造の源で宇宙の中心ということ。

今まで私はさんざん中心がわからなくて試行錯誤していた。
必死で中心を定めようと 言葉に左右されながら 場所やかたち、方法を探していた。
勿論中心を定めようと決めないと定まらないのだけれど
中心は定めるものではなく、定まるものなのだとわかった。

全てが私から始まり、わたしとなる。
そして私はあらゆるところにあり、中心もあるゆるところにある。
私の中心はここにあり、私を構成する細胞一つ一つの中心も各細胞の中にある。
蓮の花の中心は蓮の花の中にあり、イルカの中心もイルカの中にある。
あらゆるものが宇宙の全てであり、あらゆるものがひとつで宇宙である。
ひとつがすべてで すべてがひとつ。

何をしようが、どこにいようが、ここから始まる。
ここに全てがある。
どこにでも中心はあるが、自分がかたちとして存在する以上ここにしかない。

ああ、やっとわかった。

昨日は今年最後の祝福の仕事だった。(結婚式の司会)
学びをすると決めた二人の祝福は勿論だったが、
二人がお色直し中に 親族や友達などゲストの人達が
賑やかに歓談する様を見ながら 私は思っていた。
ここにいるあらゆるかたちを表わしながら学んでいる人達の
全ての高くて美しい高次元にフォーカスしようと。
こうして笑いあい、お酒を交し合い、さんざめく光景に重なって
すべての魂が共に交流し、喜び合い、学びあっている。
それはあたかも沢山の光の珠が ふるふるとふるえながら喜び合いながら
「うふふ。あはは。」って感じあい、響きあっているようだった。
私は前に珠ちゃんが書いて、私が朗読した物語を思い出していた。
(二人で少しコラボしたやつね。)
「うふふ。あはは。」
目には見えないところで 私達は日々こういうことをやっているんだね。
そんな光景を眺めながら 私は幸せに満たされて涙が溢れそうだった。
(新婦の感謝の手紙のシーンならまだしも、歓談中に泣いてるのは変なので
鼻をかんでこらえてたけど)

そう、私は決めたのだった。
苦しい学びはもうしないし、何がどんな現象を現していようと
常にその一番高いところ、本質だけを、喜びだけを見ていこうと。

今日はクリスマス。
真我の波動と、キリスト意識の波動を感じながら。。。。。

クリスマスに私達に愛にきてくれたジュンちゃん、ありがとう。

クリスマスに幸せの報告をしてくれたトキちゃん、さんちゃん、ありがとう。
そしておめでとう。

メリー・クリスマス!
[PR]
by chandra-k | 2007-12-24 22:37 | Comments(8)

クリーンアップ&デフラグ中

私はおそらく4年程 殆ど夢をみていなかった。
みていたかもしれないがまったく覚えていなかった。
覚えている夢をみたのは4年間に10回もなかったと思う。

それが10月位から毎日夢をみている。
殆どは頭の中を整理している結果出てきた細切れパーツみたいな感じの
夢ばかりなので、やがてすぐ忘れてしまう類のものばかりだけど。

そんな中でものすごく鮮明な夢が幾つかある。
一つは10月に見た夢。
その夢の中の私の意識の波動状態は完全に今の私のもので、
「成長した私」という設定だった。
そんな私は夢の中では未婚で、お見合いをしていた。
相手は何故か僧侶で、とても穏やかで優しく暖かな人で
私はその人との結婚を決めたのだった。
その数日後、突然昔好きだった男性が現れる。
その人と会っていると激しくときめいて、もっとその人と一緒にいたくなる。
さらにその人からも求婚される。

そして私は夢の中で思う。
昔好きだった人といると確かにドキドキとときめいて楽しいし嬉しい。
でもその人と結婚すれば これから波乱の出来事が次々やって来ることも
私にはわかっていた。
その人とはおそらく過去生で何らかの執着の想いを残して来たのだろう。
だからこそ無条件に魂が反応し 惹かれてしまうのだと私にはわかった。
「どちらの人と結婚しても 今の私なら幸せになれる。」
成長した今の私には確信があった。
例えどんな困難や波乱がやって来ても それを穏やかに乗り越えて過ごせると。
昔好きだった人とトキメキながら新たな困難を共に乗り越えて行くのもいいけれど、
これまで私は今生で十分な程苦しい学びをしてきたのだから
これからは現象から学ぶのは卒業して、穏やかな喜びと幸せな日々を送りながら 
その愛に満ち溢れた波動を多くの人に伝えて行きたい。
これからはそれを伝える方に力を注いで行こう。
だから私は夢の中で、穏やかなその僧侶との結婚を清々しい気持ちで決断した。
そう決めた瞬間に、私はパッチリと目が覚めた。
とても穏やかでスッキリと確信に満ちた目覚めだった。

そして次の瞬間・・・・隣を見ると、夫が寝ていた!
「ありゃ、私結婚してたぁ!」
思わず笑ってしまった。
私は今生で夫と結婚することを決めて来た。
そして夫と徹底的に共に学ぶということも。
だから何があっても今まで夫と別れたいと思ったことは一度もない。
今回の夢は 実は自分の相手は誰でもよかったのだ。
私が新たな段階に入ったということを示しているのだと思った。
つまり、これからは穏やかで優しく暖かな生活を送るという私の決断なのだ。
今でも目覚めた時の清々しさを覚えている。


そしてもう一つの夢。
それは11月に見た夢。
大津さんと仲間が何人かいた。
皆で何かの話をしている最中に 突然私の内側から
恐怖の波動が浮き上がり、それは明らかにリアルなエネルギー体となって
身体の中を上昇し、私の首の後ろから外に出て行った。
そのエネルギーはとても振動数が粗くて 半物質みたいな塊だった。
そしてものすごくザワザワと振動しながらそのエネルギーが体外に出た瞬間
私の肉体の粗い振動がピタリと収まった。
そして私は目が覚めた。
目覚めても、そのエネルギーが出て行く瞬間の感触がリアルに残っていた。
しばらくザワザワとした振動の気持ちの悪さがあった。
そして思った。
恐怖というのはこんなにも粗いエネルギーの塊なのだと・・・・
この話を大津さんに伝えると、「霊夢だね」と言われた。
眠っている間に浄化がおきて 私の中から恐怖のエネルギーが排出されたようだ。


まさにコンピュータで言えばデフラグ&クリーンアップが私の中で起きてる。
いらないデータを捨てて 必要なデータを並べ替え、整理中。


今月また鮮明な夢を見た。
私がCDショップで音楽雑誌を手に取ってパラパラ眺める。(なぜかメタル雑誌)
1枚の紙がはらりと落ちた。
見るとそこに「徳ちゃんへ」と書いてある。
その紙が挟まっていたページを見ると 何かの曲の原詩と対訳が載っていた。
そこにクレジットがあり、訳のところに珠ちゃんのフルネームが書かれていた。
これって珠ちゃんと一緒にスピリチュアル的解釈による
ROCKの名曲の対訳をしようと決めたからかな。
曲に乗せてROCKの歌詞を朗読する会もやろう!
[PR]
by chandra-k | 2007-12-21 00:03 | Comments(2)

幾億年の時を超えて。。。。。

私は以前子宮内膜症で大変だったが 意識の周波数が上がると共に
症状はすっかりよくなっていた。
それが今年色々な出来事があり、声が出なくなるという不安などを抱いたために
また自分で症状を復活させてしまい、それがまだ完治していなかった。
10月にやすりんさんにヒーリングしてもらって大分患部が小さくなったので
残りは自分でヒーリングして全部失くそうとしたものの
そこに意識を向けると 逆に症状を確認してしまい、
意識することで患部に力を与えてしまうっていうことをやらかしてしまった。
そこで、これはヒーリングを受けて あとはとっとと忘れることが
一番よさそうだと思っていた。
ちょうど数日前からお腹の中がうずくような感じだったので
セミナー前にやすりんさんにヒーリングをしてもらう。

大津さんがそばで色のイメージを教えてくれて 
私もやすりんさんもその光を想いながらのヒーリングだったのだが
それはエナジーワークみたいで面白かった。
最初お腹の中に虹色の光の玉をイメージする。
その後 その中心をゴールドに。
さらにメタリックゴールドにして、シルバーへ。
そしてシルバーパープルから ホワイトパープルへ。
最初は自分のお腹の中で何かが回転しながら動いていた。
斜めに螺旋状の動きをしながらお掃除ロボットが動き回っているかんじ。
やがてシルバーパープルのあたりから 頭と上半身がものすごく軽くなる。
そしてホワイトパープルの時には 肉体の輪郭が消え
お腹の中の宇宙の波動がかなり精妙になってくる。
さらに自分を包む波動がとても軽やかで まさに全てが薄紫の波動に包まれていた。
そしてその薄紫の中に自分が拡散して溶けてゆく。
やがてしばらくすると肉体感覚がはっきりし始め、
私という個に収束を始める。
肉体感覚が戻ったとたん、身体がどしっと重くなる。
やがて今度は肉体感覚がはっきりした状態のまま。波動がふっと軽くなり
穏やかで軽やかな状態となる。
その状態は安定しながらも 腰の奥のほうにブラックホールみたいなものが
はっきりしてくる。
次第にそのブラックホールみたいな空間が埋まり始め
今度はそこから透明な波動が垂直に立ち上り始める。。。。。

ここで時間となりセミナースタート。
かなりいい感じにはなっていたのだがなんだか腰が冷えて寒い。
腰のまわりに毛布を巻きつけてセミナーを聞いていたら
珠ちゃんが気になったみたいで、お話を聞きながら
腰にエネルギーを入れてくれた。
ブラックホールがさらに埋まって身体が温かくなってくる。

やがて自分で自分のエネルギーが入るようになってきた。
実は今まで何度もお腹にセルフヒーリングをしていたのだが
あまりにお腹が冷えていたためか ヒーリングしている手が冷えてきて
その手をあってていると さらにお腹まで冷たくなってくるという循環になってしまい
セルフヒーリングを止めていた。
でもやすりんさんと珠ちゃんのおかげで身体が温まり
自分の手からのエネルギーがやっと受け入れられるようになった。
やすりんさん、珠ちゃんありがとう!!!

ところでその日のセミナーで
「幾千年 幾万年 幾億年 待っていました。
あなたが私のもとへ来るのを」という言葉を聞いた時涙が溢れて来た。
私の中の宇宙で
「待っていましたぁぁぁ待っていましたぁぁぁ待っていましたぁぁぁ」と
その言葉が響きわたった。
日記で見ていた言葉だったけど それが音の波となったとたん
私の中で反響し始めた。
ずっと待っていてもらった。。。。。
そして私はやっとほんとうのわたしとなって戻れる。。。。。
そのときがきたのだ。。。。。
遠い記憶 懐かしいその優しい波動に。。。。。

幾億年の時を超えて。。。。。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-19 02:24 | Comments(5)

浸透する香り

久し振りに菜穂ちゃんの香りの会に行く。
しばらく仕事で参加出来なかったのだけど 今回は入っていた仕事が
急に先方の都合で移動になって ちょうどその時間が空いたのだった。
これはまさに私に必要だからだろう。

そういえば9月位から「やっと植物さんのサポートを受ける準備が整った」
っていう気がしていた。
10月は毎日同じ香りを焚き続けていたりした。

菜穂ちゃんが東京から来てくれて、ナカマキちゃんの家で開催。
ナカマキちゃんの家も久々だ。
包容力があってとても自然でゆったりと穏やかな気持ちになる家。

セルフマッサージをして、その後音楽を聴きながら沢山の香りを味わう。
香りも音楽も波動だから 言葉を超えたその波動に身を委ねて感じて味わう。

豊かに広がって行ったり、深く入ってきたり、さざなみのように広がったり
内側で何かが踊ったり・・・・・
香りと音楽が織り成されながらほとんど瞑想状態。
皆して香りを嗅ぎながら目を閉じてる姿は傍から見たらかなり怪しい。
一杯香りを味わい自分を解き放つ。

私は今まで香りをどう言葉で表わせばいいのかわからなかったけど
音楽と一緒の方が表わしやすいことがよくわかった。
私の場合普段から音楽が自分になじんでいて 
音楽が自分の中の色んな周波数を刺激するのに慣れているから 
音楽と一緒の方が味わいやすいのだろう。
そしてまた、パッと香りをかいで瞬間に言葉で表わすことが難しかったけど
香りをじっくりと自分のフィールドに浸透させて
そのフィールド全体で味わうのが私には一番わかりやすいみたい。
どうも今まで私は香りを私の嗅覚とか、脳で味わっていたようだ。
そうではなく身体をこえて 私という大きな意識・フィールド・細胞
全てで味わうということを今までちゃんとしていなかったということがわかった。

嗅いでいると額のチャクラが刺激されたり、懐かしい気持ちになったりと
色んな香りがあったけど、香る前から気になった香りがあった。
(見ただけでちょっと目に付いた香り)
それを嗅いでみると 最初は「ん!」とちょっとインパクトの強さに
違和感を覚える。
なのに嗅ぎ続けていると香りがどんどん変化し、柔らかくなって
自分の中に溶け出し融合してとても自然な状態になってしまう。
まさにそれは多次元を同時に味わっている感じだった。
表面は個性的な違いを感じるのに 奥深く入り込むと完全に自分に浸透してしまう。
柔らかくて穏やかで優しい感じがした。

私は今まで感じて味わうということが足りなかった。
実は本当は感じて味わっていることをちゃんと認めていなかった。
実は感じているのに感じていることを自分に許していなかった。
知っていることも、味わっていることもちゃんと自分に許していなかった。
自分は最初から感じて、味わい、知っていることを
確認して、認め、ちゃんと決断するために今日の時間がもてたのかもしれない。
全知全能だからね。

一緒にその場をシェアしてくれたみんな、ありがとう。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-15 23:55 | Comments(0)

魔法をかける

私の友人の一人に祐子さんという絶版本探しの名人がいる。
彼女にお願いすると 入手不可能と思われていた本が必ず手に入る。
私は今まで何冊も探してもらった。
そして今回も、お世話になっている耳鼻科咽喉科の先生に存在を教えてもらい
探していた本が あっという間に手に入った。
耳鼻咽喉科の先生が持っていた本は サンスクリットの意味が書かれて、
丁寧に内容が解説された「バガヴァッドギーター」だったのだが 
先生は第一巻しか持って無くてその続きも欲しがっていたところ、
彼女は私ののみならず先生の分も、さらに彼女自身の分も一気に入手した。
それによってその絶版本は第一巻から第三巻まで揃ってしまった。
(実はその三冊が一冊になった別バージョンもさらに入手)
あっという間の早業で、先生も感動していた!
祐子さん、本当にいつもいつもありがとう!!!

「さすがだねぇ! 絶版本は祐子さんに言えば絶対見つかるもんね」
と私が言うと、彼女は
「それは徳子さんに魔法をかけてもらったからだよ」と答えた。

魔法・・・・つまり設定したってこと。
私が完全にそう信じ、彼女もそれを受け入れたから。
二人の確信をもった想いでそれはますます強力なものとなり
あっという間に現象化した。
つまりこれは原因と結果の法則なんだけどね。
だからどんどんいいことを想って魔法をかけちゃえばいいのだ。
これは特別なことではなく誰にでも出来る法則だから。
(魔法でも設定でもプログラムでも法則でも気に入った言葉を使えばいいだけ)

私の場合のちょっと面白い魔法は
私の行動範囲に必ずコンビニが出来るっていうもの。
今まで20店以上は出来たなぁ。
そして私の行動のルートが変わると閉店する。
10店くらい閉店したかな。
事務所の向かい側にも案の定コンビニが開店した。
(数日前には激安の殿堂までオープンしちゃったし)

あとは、困ったことがあっても結局どうにかなるというもの。
いつも何かあってもどうにかなる。
でもこれって「困ったことがあっても」っていう設定だから
これからは困ることは一切無いと設定し直そう。

仕事がなくなっても必ず新しい仕事が入るっていうのもあるな。
そのせいで私は仕事がなくなっても心配は一切しない。
この秋もレギュラーの仕事が3つ終了したけど
(フリーの私は仕事量で収入がかなり変動する)
「新たに効率のいい仕事が入る」と決めたので
思ったとおりになっている。

仕事では決して失敗しないっていう設定もある。
(何があっても大事には決してならないと思い込んでいる)
これは昔から確信がある。

でもどうして簡単に設定できてすんなり受け入れることが出来ることと
なかなかそう出来ないことがあるんだろうね。
これが思い癖ってやつなんだけど。
いいことは全て すんなりあっさりただ決めて受け入れてしまえばいいのに。

いい設定をどんどんしよう。
いい魔法をどんどんかけちゃおう。

ところで魔法によって探した本を教えてくれた耳鼻咽喉科の先生は
9月6日の日記に書いた先生なのだけど
あれから時々診察の時に先生と短い時間真理に関する話をするようになった。
もしかして私はこのために耳鼻咽喉科に長く通っていたのではないかと思ったくらい。
(今年の3月から通っている。長い!今までなら1週間程度なのに。
長く通っているからこそ こんな話が出来るようになった。)
私の番組のCDをコピーして先生に渡したら とても面白がってくれた。
今度看護師さんに聞かせようかなとも。

そしてとても嬉しかったのは先生が言ってくれた感想。
「声にはその人の内面の心の波動みたいなものが含まれると
私は思っている。
色んな人の声をきいているとその人の深さみたいなものを感じてしまう。
阿部さんの番組を聞いていると その内面が感じられるというか
声を聞いているだけでとても気持ちがいい。」
これは私にとって最高の褒め言葉かも。

私が目指すのは どんなくだらないと思われる内容でも、
そう例えばおならやうんこの話でも それを聞いて浄化が進むような・・・・・
ただ挨拶しただけで 涙が溢れて幸せに満たされるような・・・・・
お知らせを伝えているだけでも 内側の深い何かが喚起して
隠れていた光の輝きが増すような・・・・・
眠っていた種子が目覚め始めるような・・・・・
そしていっそのこと 声を聞いただけでシフトアップして
悟っちゃうような・・・・・そんな声かな。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-13 23:38 | 波動の法則 | Comments(6)

天国への階段(STAIRWAY TO HEAVEN)

珠ちゃんが12月10日の日記で、日本という国のエネルギー的特長や
私の番組や私について書いてくれた。
ありがとう!!!
詳しくはリンクから読んでもらえるといいのだけど
以下ちょっと強引に勝手に抜粋する。
(一杯引用させてもらうね。ありがとう)


「日本に来ると、個性は少しずつ順化して、日本的な何かに変質する。
案外日本の本質とは、「うつろう・変化する」こと、そのものにあるのかもしれない。
互いのエネルギーが攪拌され、融合し、別の形で再構成されるといった、
化学的な変化が、起きているのではないか。
ダイナミックな質の変換。
いってしまえば「創造」が。
徳ちゃんの番組にもおなじことがいえるかもしれない。
すべてを受け入れるために突出した個性はもたない。
持たないところが個性。
だから誰でもそこにはいられるし、
どんなひとも自分の好きな、かかわり方ができる。
そして大枠の徳ちゃん自身も、
みんなが変化することによって日本が変わるように進化する。
徳ちゃんは、それぞれの違いをゆっくりと味わうことによって、
全体生命の大きな一部としてのありようを、
実感をもちながら深めていく。」


これを読んでいて これこそがROCK的であると思っていた。
ROCKはカテゴライズされたどこかの側面だけを区切って見ると 
かなり突出した個性を持っていたりするが
その本質は何でも受け入れて変化してゆく大きなエネルギーそのものといえる。
あらゆるものを融合してうねりながら変化してゆくエネルギー。
そしてその根底にあるのは純粋な本質に向かう力のようなもの。

ROCK的であるということは 生き方を表現する言葉として使用されるが、
それは求める本質に向かう揺るぎのないPUREな意思とそれを
実行してゆくPOWER、常に変化・発展してゆくその無限性すべてを併せ持つ。
そういう意味で大津さんのことを私はROCK的であると思うし、
自分のこともまたROCK的であると思っている。
ある意味私はROCKの可変的フィールド部分を担当している感じがする。


珠ちゃんが
「いつかずっとまえに、わたしはひとが安心して痛んでいられるような場所になりたい。
と書いたことがあったが、徳ちゃんの番組はまさにそんな場所と言えるだろう。」
と書いてくれた。
とても嬉しい。
実は私はNHKで14年。DATE FM(FM仙台)で17年番組を作り続けてきたが
他の番組に比べて 全リスナーの中に占める「痛んでいる人」の割合が
おそらくものすごく多い。
内省的過ぎたりデリケートだったりして 社会とうまくコミュニケーションが
はかれないといった人が 私が知っているだけで大勢いる。
内的自分と向き合い、ROCKの持つPUREなものと共鳴しながら
深く自分や世界について考察している人が多い。
私もまたそんな痛んだ人間だったから それはよくわかる。
ROCKと出会うことで変化してきた人間だったから。


「いろんな状態の音楽や人間がいて、番組の中で互いを認識する。
存在は共鳴したりかすかな反発を伴ったりしながら ゆっくりと熟成する。
そこは変化するための場所。
ひとも音楽も、自分自身の新たな価値を創造する。
大津さんは人を変える人。というが、徳ちゃんもそう。
ゆっくりと、変化したこともわからないうちに変わってゆく。
それぞれの、本当の場所を目指して。」
と珠ちゃんが書いてくれたが 
確かに私は安心して痛み、安心してゆっくり変われる
そんなフィールドそのものでいたかったのだと思う。

そしてその変化してたどり着くところは
純粋な本質。
それは命とも言えるし 光とも 神とも 愛とも言える。
そしてそれを別の言葉にすると ROCKとも言えるのだ。



最後に LED ZEPPELIN 「天国への階段」の大意を。。。。


天国への階段(STAIRWAY TO HEAVEN)


一人の少女がいる
彼女は輝くものすべてが黄金に変わるという確信をもっている

そして その黄金をもってすれば
天国への階段を買い求めることができると信じている

確かに世の常識からすれば
それは愚かな思い込みにしかすぎないかもしれない

しかし常識とやらが支えている僕達の日常生活は
ひたすら人を疲れさせ 無為な死を生み出しているだけではないか

だから全ての常識や論理が無効となり
彼女の思い込みが有効となる時
音楽はその新たな論理となるのではないだろうか

音楽がその論理となり得る為には
我々全てが その音を激しく求めなければならない

もしも皆が必死にその音を求めるなら
輝くものは黄金に変わり
我々は揺らぐことのない
ひとつのROCKとなるだろう


(渋谷陽一著 ロックミュージック進化論 日本放送出版協会 刊)
訳 岩谷宏?



純粋にその本質そのものであれば
私達は常に天国にいる



WHEN ALL ARE ONE AND ONE IS ALL
TO BE A ROCK NOT TO ROLL

すべてがひとつで ひとつがすべてであるとき
揺らぐことのない ROCKそのものとなる。。。。。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-12 17:18 | Comments(2)

私が真我

エナジーワークへ行く。
今年中に一気にシフトアップをしようと思って12月に突入した私。

12/3の日記にも書いたが先週のエナジーでは
キリスト意識の白い救いの波動を初めて自分の波動として感じた。
また、前回は肉体意識をくっきりと覚醒させながら
同時に全体宇宙である自分を感じた。

今日のエナジーで初めて真我の波動を自分の波動として感じた。
つまり今までもエナジーワークで真我の黄金の波動は感じてはいたが
その時は自分の輪郭が真我に溶けてなくなり、真我の波動を垣間見るというか
体験させてもらっていたって感じだったのだということが初めてわかった。
先日キリスト意識が私という肉体から広がって、
あくまで私のフィールドとして感じられたのと同様に
真我の波動も私という肉体から広がって、私のフィールドとして感じられた。
精妙な波動でありながら リアルな感じ。
私が真我であるという実感みたいなものを感じた。

「肉体そのままで完全」という誘導の時
肉体の自分を中心とした波動がリアルに私のものとなり、
「宇宙大無限大の身体」という誘導で一気に私が軽くなって広がる。
無限の大きさを持つ自分と 肉体というかたちを持つ自分を
想いによって自在に感じられるというか どちらにフォーカスするかで
どちらも感じられる感覚。

途中で明るいオレンジ?黄金?の光が迫って来た。
以前の赤い光のような毒々しさはないけど ほんの少しまだら。
でも光は柔らかい。
これはなんだろう。
それから二度程 一面が精妙な薄紫の波動になった。
これも初めて感じる波動の感覚。
なんだろう。。。。。
大津さんによると足りなかったものらしい。
私の中に欠けていたなにかとまた融合したのかな。

肉体の私と「おおいなるわたし」をリアルに感じられるようになってきた。
私からすべてが始まり、広がる。。。。。
これこそハートの中心。

それともう一つ。ここ数日考えていたこと。
それは
「私は必要な時に必要なだけ必要な智慧を引き出して使っている」と
繰り返して唱えてきたけれど、そう言ってる割に
自分が無限の智慧を持っていることをちゃんと認めない状態で
そう唱えていたことに気づいた。
自分でちゃんと持っていることを認めない状態では
いくら引き出そうにも引き出せない。
私は今までスカスカな状態から引き出そうとしていたとやっと気づいた。
持っていると想うのと想わないのでは 自分の中の満たされかたというか
リアルさが違う。

自分をしっかりと認めることがどんなことか
だんだんわかってきた。

前回も上がったけど今日もシフトアップ。
六次元の7段まできた。
このまま行こう。もう止まらない。戻らない。

ご飯の後 珠ちゃんと一緒に「七次元へのいざないのお祈り」を
声を出してやってみた。
このお祈りは一人でやっても倍音が響いてぐわーんと気持ちいいのだが
珠ちゃんと二人でやると周波数が近いからなおさら倍音が共鳴して気持ちいい。
頭がくらくらした。
また一緒にやろうね。
このまま七次元へノンストップで!
[PR]
by chandra-k | 2007-12-11 00:18 | Comments(0)

地球交響曲(ガイアシンフォニー)第六番

龍村仁監督はこうコメントしている。
この世の全ての存在をつなぐ耳には聞こえない音楽”虚空の音”を
描き出したいという想いでつくりました。
「音を観て、光を聴く」旅、それが「地球交響曲第六番」の旅です。
・・・・・・・と。

その第六番を見た。
今まで第一番から第五番まですべて見ているが 
今回はまさに音がテーマだった。

音は光であり、波であり、呼吸であり、命であり、美であり、神であり。。。。。
音は全てである「大いなるわたし」に溶け、「大いなるわたし」そのものであり、
そのあらわれとしてまた音となる。

ラヴィ・シャンカールの音の中にたち表れてくる「大いなるわたし」
それを純粋に求め それに誠実であろうとする魂は
娘のアヌーシュカ・シャンカールに受け継がれ 暖かく響きあっている。
また、未来の子供達を暖かな眼差しで敬愛する先を行く彼。
楽譜に縛られないその音はその魂を自由に羽ばたかせ、遊ばせる。

この世界のあらゆるものが響き合い調和している。
すべてが完全。
勿論私達も。

ケリー・ヨストが紡ぎ出す透明なしずくのような音。。。。
受け取ったものと一つになり、自分が透明にとけてゆく。。。
「大いなるわたし」にとけてゆき、そのものとなってゆけるアーティストの音は
素晴らしく感動的だ。
でもそれと同時に 私はケリーとその友人の連弾によるカノンを聴いたとき
嗚咽しそうになった。
ケリーに趣味でピアノを習っている友人の演奏は 高い根源的なものを
完全にはあらわせないかもしれない。
でもそれもまた完全である。
二人の魂のハーモニー、音、笑顔の響き合う様に涙が溢れた。
全てがあるがままで素晴らしい。

鯨の音楽の素晴らしさをとても楽しそうに、いたずらっぽく真似する
ロジャー・ペインは無邪気で子供のような笑顔だった。
そしてそんな彼が演奏するチェロがまた優しくて暖かい音を奏でる。

鯨の発する低周波の響きや
銀河のじーーーーーーーーんと広がる響き。。。。。
そのものが生きて働きあらわれ振動している。
じーーーーーーーーん ごーーーーーーーーん

全てがあるがままで美しく
全てが響き合い 調和して 完全。
それは在ることそのものが喜び。

笑ったり泣いたりしながら第六番を見た。

その日の待ち合わせに珠ちゃんは目を潤ませながらやってきた。
私の番組を聴いて、それを想いながら自転車に乗っていたら泣いていたという。
その番組は先日放送した「詞の朗読で綴るROCKの名曲」
リクエストに応えて作った番組で 何の解説もなくただひたすら歌詞を読み
その曲をかけるというもの。
「LET IT BEの歌詞が初めて入って来た。徳ちゃんの朗読だから入ったんだよ。」
と言ってもらった。
ありがとう。

私が読んだTHE BEATLESの「LET IT BE」は岩谷宏氏が訳したもの。
彼は言う。
BEATLESの詩は いわゆる直訳したのでは詩そのものを殺してしまうと。


LET IT BE

なやみごとが重なって どうしようもないとき
ぼくはいつも このコトバを胸の中でつぶやく
LET IT BE
たしかにくるしみはひとりであがいたって
それはどうなるものでもなく
また世界中の数多くの傷心の人々もいま 静かに
このコトバとともに耐えているにちがいない
LET IT BE
ぼくは信ずる
いつかはその日がくる
別れた人がふたたび出会い
くるしみがやわらぎ
いまはかすかなものでしかない
この胸のともしびが
こうこうと光かがやく日がー
そしてそれは 
いまいたずらになやみくるしんだって
なにかが促進されるというものではない
LET IT BE
音楽がなり
僕らは今日も感動する
それはまさにいまなお
ぼくらが信じていることの
証拠ではないか


(岩谷宏訳 ビートルズ詩集 シンコーミュージック)



実は私もこの詞を番組で朗読しながら感動していた。
この世界の素晴らしさ、美しさに。。。。

奏でられる音楽の中に世界の完全性が、美しさが在る。
あらゆる多次元で その美しさを奏でてあらわしている。

LET IT BE。。。。。。
存在そのものがまるごと完全に在るがままで。。。。。
LET IT BE。。。。。。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-08 23:24 | Comments(5)

感情のマグマ

先日珠ちゃんが「怒りの根っこ」を辿るといった日記を書いていて
それから「私の怒りの根っこって?」って考えていたけど
いくら考えても私には怒りの根っこがなかった。
珠ちゃんはその根っこを辿って 自分への批判や、執着、恐れ、弱さなどを見て
さらにそこから希望と愛を見ていた。
私の場合 自己批判や執着、恐れ、弱さ(勿論全部沢山あったけど)にたどり着くのに
「怒り」からのルートがないなぁ・・・・とあらためて思う。
怒りを辿ろうとするとぷっつり道が切れてしまうのだ。

ここであらためて過去の自分を振り返って検証する。

私は今生で感情帯を薄く設定して来たため 怒りの感情がものすごく希薄だ。
(勿論過去生では どろんどろんの分厚い感情帯を振り回していたこともある。
例えば傲慢な夫で泣き崩れる妻を平気で足蹴にしていたように。
あの時はごめんなさい。)
心底怒ろうとトライしても、途中でプチっと何かの回線が切れて
ものすごく冷静で、状況を俯瞰する私が登場して感情から切り離され終了する。
多少イライラすることは今でもある。でもそれは怒りとは違う。
過去で「これは許せない!」なんて言ったことは何度もあるが
そう言ってる割には心の中はいつも冷静で感情があまり波立たないのだった。
(たとえ表面的に怒りのような言葉を発していても まさに表面だけなのだ)
私にとっての「怒りのようなもの」は水の上に浮いた油みたいで
決して私の内奥に繋がっていかないものだった。
勝手ながら私は あっちゃんにも私同様怒りの根っこが感じられない。
私との共通点がここにあると感じる。

感情のエネルギーというのは人間としてとっても個性的で魅力的に見えたから
私には憧れであり、そんな人になりたくてかつて私は自分を奮い立たせたり、
興奮しそうな環境に身を置いてみたり、何かに情熱的に打ち込もうとしたりした。
私のやり過ぎはここからきている。
体験したがりもここからきている。
マニア好きもここからきているかもしれない。
社会的枠からはみ出して奔放に生きている人や、天然で生きられる人や、
アウトロー的な人が魅力的に感じたのもここからきていたのだろう。 
私は陶酔したり、何かに恍惚となったり、嵐のような感情に翻弄されてみたかったのだ。

多くの人が持っている感情のエネルギーの凝縮したマグマみたいなものを
感じて味わってみたかったのかもしれない。
私の奥底にマグマみたいなものがなかったから。
粘性のある、ある意味リアルなエネルギーが私にはなかった。
私の感情のエネルギーはかなりさらさらしていて細かい。
だから普通の幅の感情のエネルギーのフィールド(フィルター)を通して私をみると
かなり実態のない リアリティのないものに見えてしまうらしい。
つかまえようにもつかまえられない霧みたいなもの。

実はそれこそが私の個性だったし、今生での役割を果たすためのものだった。
それを知るまで私は自分の感情の希薄さに罪悪感を感じ、
個性がないように感じて、いつも自分に自信がなかった。
だから自分で個性を作ろうと必死になって 
時にはキャラクターを作りあげて過激な発言をしてみたり、
社会的立場を作り上げることで自信を持とうとして 
仕事では「出来る人間」という役どころをこなしてずーっと生きてきた。
沢山の常識の枠を身に纏い 社会で役立つ、出来る人間を作り上げてきた。
(私がイラつく時は大抵 この社会的常識的枠を刺激された時だった)

でももうそれは完全に終了した。
もう作る必要も 探す必要もない。
自分のあるがままの、まるごとの個性がわかったから。
媒体であり、どこにでも浸透し拡散する細かな広がりのあるエネルギーそのものが
私であるとわかったから。

今生の学びのためにしばらく分離させてきたマグマは
今年の1月25日の日記に書いたように「赤い光」となって登場し
やがて私の中の今の周波数のエネルギーに変わり融合した。
(まるでコーヒーに角砂糖をいれて 最初かたまりで違和感があったのに
やがては溶けて融合してしまったかんじ)
だから今もマグマ的エネルギーはない。

周波数の高い感情は穏やかな喜びと 中心から離れた時の寂しさがあるだけだという。
これからの私は その穏やかな喜びをいかに深めていくか。
そしてそれを感じて味わうかということだ。
感じて味わい、さらに深め、高め、広げてゆくこと。
[PR]
by chandra-k | 2007-12-06 01:02 | Comments(2)