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予定は未定で べストタイミング!

最近出会う人は成長が早い。
大津さんも私達も皆どんどん成長してシフトアップしてるので
新たにやってくる人は当然それに共鳴しているわけだから当然なんだけど。

今いるメンバーの中では私が一番古いのだけど
私なんて最初大津さんに会った時は、あまりの分離感に呆れられたほど。
(本人はけっこうわかってると思ってたけど それはつもりなだけだった。ふぅーっ。)
大津さんや私たちの意識のシフトアップと共に 教えはどんどん進み、深くなった。
新しくやって来る人は それをすんなり受け入れてどんどん変化する。
早くから学んでいる者は かつての教えや自分に固執していると
それが邪魔になり進めなくなる。
全てはより高い本質をあらわすためにどんどん変化・成長・発展しているのだから
それに自らを委ねて、委ねきって共に変化していけばいい。

「後から来るものが先になる」
これはイエスの言葉だが まさにそういうことが起こっている。
いつ来ようが心をまっさらにして素直に謙虚に受け入れることが大切。

先に来ていた者は後から来る者より学ぶことも多く、
色々大変だっただけに魂がより成長出来るのだからそれを喜び 
先に来たことに少しもこだわることなく、
後から来た者と同様に 瞬間瞬間をまっさらに新たな気持ちで学んでいけばいいのだ。

なかなか仙台に来ることが出来ない秋田のコロンさんや
まだそんなにセミナーに来たことがないSHOちゃんがすでに五次元意識に入っている。
(繋がってしまうと どんなに距離的に離れていてもその人の意識状態が感じられる。)
なんて素晴らしいんだろう。
いかに素直に謙虚に真理を受け入れ いかに日々の生活で意識して過ごしていたかということ。
いかにハートでお話やCDを聞いていたかってこと。
私達はつい わかったつもりで素直に謙虚に受け入れてなかったり
現象に流されてしまう。
そんな中でいかに心の持ち方が大切か。
距離も時間も環境も条件も関係ない。
いかに生きるか、いかに生活するかは本人の自由選択で
それを本当に実行するかどうかってことなんだよね。
私なんて五次元意識に入るのにどれだけ大変で 時間がかかったことか!
どれだけのぐだぐだもやもやを体験したことか!
本当に今は加速している。
すんなりするりとかろやかに成長している。
素晴らしいなぁ。感動しちゃう!

私達は生まれる前にあらかじめ大まかな予定を決めている。
でもあくまで予定は未定だから 自由選択で変化する。
それによって成長の速度が変わったり 方向が変わったり・・・・
それに伴い会える予定の人と会えなくなったりもするし、また逆もある。
役割を果たしてないと 後からそこに繋がる予定だった人が繋がらなくなる。
ま、それでも全てが学びだから「すべてよし」なんだけど。
どう変わっても、それはそれで新たな別展開としていいのだけど。

私のこの人生は大体予定通り行ってるらしく 大津さんに出会ったのも
生まれる前に決めてきた予定と1日もずれていないらしい。
途中ずれたり遅れたりしてもポイントだけは外さないみたい。
実際自分でも大切なところは押さえているということはわかる。
そのポイントとなる時期は自分の中で選択肢がなくなるから。(第一希望のみ)
つまり大切な所では迷いが皆無で、「これをやりたい」じゃなく
「これをやる」という決定事項として感じる。
(実は私のような人は以外に少なく、多くの人は予定とずれることが多いらしい。
予定はやっぱり未定だから。
それなのに私は以前、第一希望を選択しない人や やりたいことがわからない人に対し
「そんなのおかしい!」なんて責める意識があった。
それは私のエゴの押し付けで、かなり傲慢な意識だったと気づいた時に激しく反省した。)

以前大津さんに「もっと早く会って学びたかったです。」と言ったら
出会う以前の私の意識の周波数では会えなかったと言われた。
私達はみな絶妙のタイミングで出会っているのだ。

先週アメリカから私達に会いに来てくれたMASAKOちゃんは
3年前から私の日記を読んでくれていて ずっと来たいと言っていて
ついに実現し、会うことが出来た。
大津さんによると今回会えたのは予定より3ヶ月早かったそうだ。
3年前では時が熟していなかったんだ。準備が整って会えたんだね。
やっと会えて嬉しかったよ!
愛に来てくれてありがとう。

一昨日の大阪セミナーでも皆で最初の出会いの話をしていた。
みんな私のブログで出会って繋がった仲間。
大阪、姫路、京都、名古屋・・・・
こうして同じ時と空間を共有し、フィールドが重なり合う幸せを感じる。
これはすべて必然。
それぞれが絶妙のベストタイミングで出会っているんだね。
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by chandra-k | 2007-11-28 23:56 | Comments(2)

用語集

人によって同じ言葉を使っても それに対する想いは違っているし
入っている波動も違う。
自分が一番しっくりくる言葉を使ったほうが自分の中にすんなり入っていく。

例えば私の場合「わたしはすでにさとっている」というフレーズよりは
「わたしはもともとさとっている」の方がすんなり入った。
同様に自分で一番わかりやすくて 抵抗や拒絶がない言葉を
自分なりに翻訳してみるといい。

心の奥・・・場所や距離ではなく 周波数の高い心安らかで穏やかな状態

愛を中心に定める・・・これもまた場所ではなく 常に全てを愛の状態でみること
  何事も基準が愛となり 揺らぐことなく一番振動数の高い愛を認め続けている状態

真理(神我)への道・・・離れているどこかに行くとか辿り着くのではなく
  何かを新たに見つけ出すのでもなく
  最初から全てがそこにあり すべてであったことを思い出す過程
  かつまた、それを顕していくこと

天国意識・・・全てがひとつであり すべてを学びと受け止め
  すべてに感謝して 穏やかで幸せな喜びを感じられる意識状態

天国・・・天国意識でいる状態
  これもまた離れているどこかにあるのではなく
  最初からここにあり それを認めることによってその状態を感じることが出来
  その瞬間 世界は天国として姿を現す
  それを感じ続け味わい続けることが つまり天国にいる状態

自己探求・・・自分の本質はどんなものか 真我を知るための過程
  あらゆる自分を体験し、感じ、味わって知ってゆくこと
  そしてそれは自ずから 行動し顕すことに繋がる

五次元・・・天国意識状態の最初の段階 宇宙レベルの入り口
  これからがいよいよ本格的な神我を思い出す過程の始まり


あらゆるものは愛の状態を様々な側面で現しているだけ。

同じことをしても、同じものを受け取っても
それをどう感じとるかで成長の仕方は変化する。(周波数の上がり方が違う)
何か失敗した時に 自分がやったことを判断せずただそのまま受け入れ、
反省して改めるのと 自分がやったことを後悔して 責め、罪悪感を感じるのでは
大きな差がある。
また、何かを受け取った時「純粋に感謝して喜ぶ」のと
「これをもらっちゃって 悪いなぁ。なんとかお返ししなきゃ」では
意識には大きな差がある。
いずれも後者の受け取り方だと 自分の意識の中に汚れを新たに作り出してしまう。


周波数が低い段階においては いくら真理を学んでいたとしても
あらゆる側面の成長が一定ではない。
つまり 学びが進んでいる側面と、進んでいない側面がある。
意識周波数どれだけ高いか、どれだけ愛を中心としているか、
根源とどれだけ繋がっているか、エネルギーの感受能力どれだけあるか、
愛の学び、智の学び、人間として社会に対する適応力、
自分の個性ある役割を果たしているか
直感に従い本質の求める行動をどれだけとれているか・・・・
それはみんな別の側面、基準で見た場合の成長度合いでしかない。
学びが足りないうちは そのどれかが秀でていたりそうでなかったり
かなりでこぼこな状態である。
(設定によって、どれかを学ぶために 他のものを後回しにしていたりする)
しかし、学びが進み周波数が高くなるほど あらゆる側面が融合し
全知全能に近づいてゆく。(全知全能のわたしをあらわせるようになる)

だから成長の過程、学びの途中の者同士
お互い刺激しあい、共に深め合いながら進んでゆくのは楽しい。
ただし、お互いの成長している部分は違うのだから
他の人が感じたり見えたりするものからいちいち影響を受ける必要はない。

私達が肉体を持って生まれた意味は
この肉体を通して どれだけ本来の「わたし」(神我・究極の愛)を
顕すことが出来るか。そしてそれを感じられるか。
それを本質に還し どれだけ本質・宇宙の成長・発展に貢献出来るか。
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by chandra-k | 2007-11-22 01:21 | Comments(0)

遠慮なく、しあわせ

例えば・・・見返りを求めて自分の子供を生む人はいないし、
見返りを求めて育てる人はいないだろう。
そこにはただ純粋なる与える愛と喜びがある。

それが色々な条件下で自我の思いというフィルターを通すと
その純粋な状態がちょっと歪んで
「心配」やら「枠の押し付け」になってしまう。
(本人は相手のため よかれと思ってやってるんだけど)

同様に受け取る側も自我のフィルターを通すと
「与えられてばかりで申し訳ない、悪い」とか「罪悪感」になったりする。

常に限りなく純粋な愛だけにフォーカスして与え、受け取ればいい。
常に一番高い振動数の愛だけを認め続ければいい。

そうすれば与えることが、自分を愛で満たし 喜びとなる。
与えられるほうも ただただ感謝してそれをまるごと享受し、味わい
喜びを感じればいい。
そしてその喜びは増幅し伝播してゆく。
愛だけが全てに共鳴するから。
だって全てをつくり 全てになっているものが愛だから。
存在そのものが、摂理そのものが、いのちそのものが、愛だから。

純粋に与えるものは与えられる。
与えられたものを純粋に受け取るものは与えることができる。
だって与えること与えられることは同じだから。

あなたが幸せであることは 私が幸せであることとなり
私が幸せであることは あなたが幸せであることとなる。

だから今すぐ、遠慮なく、まず自分から幸せになろうよ。
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by chandra-k | 2007-11-19 00:33 | Comments(2)

私の役割

真理を学ぶようになってからも 苦しかった時はやはりあって
「私のこの辛さはわかるわけがない~っ!!!」って何度か叫びたくなったことがあった。
そしてすぐに「わからなくて当然だ。だってこれは私の学びだし、
他の人は違った環境、個性、設定で違う学びをしてくれているんだから。
これは私の担当だぁぁああ」と自分に突っ込みを入れていた。

最近はやっとかなり心が安定し穏やかな状態で過ごせるようになった。
真理を学んで成長すると間違いなく、確実に喜び度数、幸せ度数が上がる。
ありがたいことだ。
たまに引っ張られそうなこともあるけど修正もききやすくなった。

心の状態がここまで来ると確かに大津さんが言ってるように
「不幸になるのが難しい」ってのがよくわかる。
だって何が起きても学びと受け止められるようになり、
何を言われても感謝出来るようになってきて 他の人と比べることも少なくなってくると
同じものを見ても同じ体験をしても 辛さ・苦しさ・悲しさ・罪悪感を感じなくなり
(ゼロではないけど)不幸と感じなくなるから。
まだ少々キツイことはあるけど 不幸っていう概念が消えてしまうから。

私達は自分で選んだもので出来ている。選択した現象を作り出し、生きている。
表面意識ではわからなくても いつか自分のどこかの次元(レベル)で
選んだものが現象化してそれを体験している。
だから言い訳など本当は出来ないのだ。

自分が本当に決断さえすればあらゆることは変化する。私達は創り主だから。
それは力を込めるのではなく 穏やかに安らかに、揺らぐことなく確信をもって決めること。

言い訳はやめよう。
環境でも、条件でも、設定でも、能力でも、個性の問題でもなく
決断すれば それは結果となって現れる。
サポートが起きる。

全ては自由選択ではあるけれど 心の内から生まれ出ようとしたところのもの
自分の本質が求める喜びの道は 実はただ一つ。
それはもうずいぶん前から気づいていた。

私の役割の一つは媒体であり、入り口でもある。
そしてその役割を少しでも果たせた時はとっても嬉しい。
時空を超えて必然で繋がり やってくる人との出会い。

空気を振動させて電波が届いて繋がったひと。
WEBというネットワークを介して繋がったひと。
出会いの度に私の魂が喜ぶ。

そして先日は遥かイギリスから さとりちゃんが私達に会うためにやって来てくれた。
同じ空間、フィールドを共有するとても嬉しい時間。
肉体を持っているから やっぱり直接会うのは喜びだ。
いつもそうだけど出逢う人達はずっと前から知ってる人みたいで
初めて会ってもすぐ溶け合ってしまう。自然。
短い時間だったけど幸せだった。
出逢ってくれてありがとう。
またすぐ会えるね。来年を楽しみに!
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by chandra-k | 2007-11-18 00:45 | Comments(7)

あらゆる私に感謝する。

これもまた ここ一ヶ月ほど思っていたことなんだけど・・・・
意識の周波数が上がると「全てがわたし」であると感じられるようになる。
そして「あらゆる私」の情報を引き出して使うことが出来るし
「あらゆる私」を「わたし」としてはっきり認識出来る。
そしてあるレベル以上になれば 移動する必要もなく
ここにいる自分の原子・分子を分解して姿を消し
遠く離れたところにある原子や分子等を使って自分を再現することだって出来る。
(何かを物質化することだって勿論同様に出来る)
それに今の自分をわざわざ消さずにそこに置いたまま
もう一人の私を現象化させることだって可能だってことだ。
それこそ沢山の私を創り出すことだって。

でもそれに何の意味があるのだろう。
「奇跡」と言われたり「超常現象」と言われることを見せることなど
もはや重要ではない。
それはありうるし、少しも不思議ではないとわかってるだけで十分だ。
そして自分が移動したり 自分を何人も現象化させたところで意味はない。
いったい「(人間としての)自分」という形にこだわる必要がなぜあるのか。

だって「大いなるわたし」は わざわざ分離して違った私を作り出し
環境も肉体も個性も違った状態で学んでいる。
そしてそれがやがて本来の一つに戻り
「大いなるわたし」がますます素晴らしくなっていくために。
そのためには全部違った私が全て必要で どれも素晴らしい学びなのだ。
全く同じ学びは必要がない。
今の私は自分の役割として私の学びをまっとうすればいいし、
他の沢山の私は別な環境・肉体・個性で学んでくれている。
わたしの違った側面である私が同時に学んでくれている。

それはたとえどんな学びをしていようとどの私も素晴らしく
大いなるわたしの発展に貢献している。
どの私の学びも「わたしの学び」であり どれもありがたく喜びとなる。

あらゆる私に感謝する。
あらゆる私を祝福する。
あらゆる私の成長が喜びとなる。

最近おだやかに、じんわりと、その喜びを感じている。

(私・・・個性化した肉体の私。わたし・・・本来の大きなわたし)
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by chandra-k | 2007-11-05 23:03 | 波動の法則 | Comments(6)

本流をゆく

ここ一ヶ月考えていたのは
どうしても五感でとらえてしまったり 形から考える癖があるので
色んなことがごっちゃになってたってことだった。
(つまりあらゆる側面をいっしょくたに捉えていたということ。)

意識の周波数の高さと、どれだけ中心にいるかということと、
愛を中心に定めているかということと、個性による能力の違いと、
はたすべき役割の違いが、全てかなり違った側面であったということ。
勿論全ての学びが進んでいけば それは一つに融合してしまうことではあるけど
成長の途上においてはどの側面の学びを優先させているかでかなり違っていること。
一言「成長している」「学びが進んでいる」と言っても
どの側面の学びが進んでいるかでそれぞれ全く違って見えるということ。

ある側面の縦軸で見ると進んでいても
別の側面の俯瞰で見るとかなりずれていたり、
他の側面の能力で見るととびぬけていても
違った側面の在り方で見ると未熟だったり・・・・

だからこそこうして「ひとつである大いなるわたし」が
わざわざ分離して学んでいるのだろうけど。

全体は全てを含み 一部も全体を含み全体を表わす。
それをわかっていたつもりだったけど
どうしても自分の中で縦軸横軸という一定の尺度を決めて
理解しようとしていたということがわかった。

たとえば意識と肉体の周波数について。
肉体というのは物質化しているから三次元周波数を持っているのは確かだけど
それと同時に肉体細胞もまたあらゆる周波数を含み、独自で宇宙を創っている。
感情フィールドなどあらゆるフィールドもまた同じこと。
そしてそれが同時に関係しあい響きあって存在している。そしてそれは勿論一つ。
それを私は今まで 周波数という軸だけで見て
振動数で縦割りして来ていたということに気づいた。
だから気づかないうちにどうしても意識と肉体が分離してしまい、
意識が周波数を下げると肉体になるといった短絡的な捉えかたをしてしまっていた。
大体にしてこれは五感や形では説明不可なのだ。
そしてその認識に呼応する形で世界は創りだされていた。
なにせ創り主だからね。

そしてそれを考えながらここのところずっと
「私は枝葉ではなく幹でゆく」「私は本流をゆく」と決断を確認していた。
そうしたら今日のセミナーはそんな話だった。
そして今日のセミナーを聞きながら改めて自分の中で繰り返す。

進む方向も果たすべき役割もわかっている。
そしてそれをやることも決めている。
あとはそれをどう高め、広め、深めていくかだ。

ところで今日のセミナーの後 珠ちゃんが6次元8段目に入ったと
大津さんから発表があった。役割と共に。
入ったのは先日のエナジーで愛の世界愛の宇宙をはっきり感じた時だという。
やったね! これで正式な悟り。聖者の仲間入り。
(五次元は悟りの第一段階で宇宙小学校1年生だけど
六次元上段こそ正式な悟りのはじめで、小覚者の段階)
おめでとう! 私もとっても嬉しい! 素晴らしい!
「大いなるわたし」がまた成長したね。
つまりこれは宇宙にとっても地球にとっても成長であり喜び。
早くマスターフィールドも作ってどんどん行っちゃってね!
みんな続々続くから。
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by chandra-k | 2007-11-01 23:53 | 波動の法則 | Comments(8)