「ほっ」と。キャンペーン

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お知らせ

大津さんを中心とする会はRESONANCE THERAPY。
教えてくれるのは 幸福の真理。

そこで学ぶみなさんにお知らせです。
ほぼ関係者が利用していたRESONANCE THERAPYの携帯HPですが
エキサイト(プロバイダ)の都合により 急遽閉鎖になります。
ってか本日9/30で閉鎖です。(携帯HPのみなので このブログは大丈夫)

それを知ったのが昨日!
ギャーとなってあわててバックアップをとりました。

だからMieちゃんと私とで 正規のHPを立ち上げなきゃってかんじがしてたんだね。
新たなHPは只今準備中。ドメインもとりました。
関係者の皆さんには不便をおかけしますがしばしお待ち下さい。

とちあえず立ち上がるまでの間 連絡事項やセミナー予定は掲示板(BBS)に
書きますのでそちらをご覧下さい。
掲示板のアドレスがわからない方はお問い合わせ下さいね。

HPが出来たらお知らせします! 
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by chandra-k | 2007-09-30 00:55 | Comments(3)

リクエスト

FMに行ったらリクエストハガキが届いていた。
差出人は「虹の天使!」 ましゅだ!
今度「ROCKの愛の歌特集をして!」とのリクエスト。
しかも「生で聞きたいから 翌日がお休みの10/7がいいな」と放送日まで指定!
さすがましゅ! そうやってすんなりやりたいことを素直におねだり出来る
あなたのそんなところが私は大好きだよ!

それに私の番組はリスナー参加大歓迎番組なの!
以前もリスナーから「ルネッサンス特集して下さい!」とリクエストがあり、
私が音源が足りないと言ったら 本人から大量のCDと資料が送られてきた。
それをお借りして番組を構成した。
韓国ROCKの特集をした時も リスナーの音源と資料で制作した。
同様のことを何度もやっていて リスナーとの垣根が低い番組なのだ。

愛のうた。。。。。。
そうだなぁ。。。。。。
この世界は全て愛から出来ているので
歌はある意味全て愛のうたとなる。
周波数も 表してる愛の深さのレベルは違うけど。
愛の歌だらけだから選曲は困難だなぁ。。。。。
と言いつつ、よく私がやる選曲方式で行こう!
我が家の膨大なCDが収められているCD棚の前に立ち
その時ピンと来たものを次々引き出し、そこから選曲する。

ということで、虹の天使さんのリクエストにお応えして
10/7 25:00~ DATE FM(FM仙台) 「ロックンロール黄金時代」で
「愛のROCK特集!」

そうそう 私の番組名はモット・ザ・フープルの「ロックンロール黄金時代」から
とっているのだが、ハガキに「ロックンロール黄金伝説」と書かれていたのに
私は大うけ! ココリコか!
そんなましゅが大好きだよ。
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by chandra-k | 2007-09-28 01:30 | Comments(12)

癒されている

ここのところ全体ということについて考えていた。

英語のWHOLE・・完全な 欠けたところがない と
HOLY・・・神聖な と
HEAL・・・癒す 救う は同じ語源だという。

HEALはWHOLEという状態になるために行われるもの。。。。

昨日の珠ちゃんの日記にキリストとエルコの話が書かれていた。
珠ちゃんがアクセスして感じたもの。


イエスを見張るという敵側にいながら 実はイエスに魅せられ
心から敬愛していたイエスを、表向きは見張るという行為をしながら
実は守っていたというエルコ。
それが自分がいない間にイエスが捕らえられ 悲しみと罪悪感の中で
心の中で嘆くエルコにイエスが想いのメッセージを送る。
『エルコよ。嘆くことはない。わたしはすでに、癒されているのだ。』

・・・詳しくは珠ちゃんの日記で(リンク参照)



私はすでに癒されている。かあ。。。。
現在完了。
つまり完全な状態であるということ。
あらゆるものを含みあらゆるものである。
まったき状態。
か ん ぜ ん。。。。。。。
す べ て。。。。。
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by chandra-k | 2007-09-26 11:40 | Comments(4)

言葉って。。。。ちょっとまとめ。

私の中ではけっこうスッキリしたのだけど
記録はしていなかったので一応書いておこう。
この日記は私の成長記録だから・・・・
先日の私のセミナーではここのところを一応詳しく話したのだけど
抽象的ななのでどれだけ伝わったかわからないし、
この感覚の気づきは私だけかもしれないのでなんとも言えないけど。

簡単にいうと私は
「ここに全てが在る。」とわかったつもりでいながら
実はそれを実感していなかったということ。
確かにエナジーワークの時は誘導もあって
「全てがここに在る」感覚は味わっていたものの
普段の生活の中では「ここに全てが在る。」と脳で理解していて、
実際には自分が成長出来たところまでの周波数までしか認めていなかった。
現状の自分を感じてしまうと どうしても現在の自分と、
これから向かうべき本来の(真我の)自分とを分けて考え
どうしてもそこに距離や時間や次元が生じてしまっていたのだ。
本来自分に向かうのではなく 最初からここにあり、
いや、というより最初から自分なのに。。。。
ただ最初から真我の自分が在ったと認めればいいだけだったのに。。。。
しかも「認めるだけ」ということはいままでさんざん何度も何度も
言われてきていて 言葉だけは耳にこびりついていたのに
実際に「認める」という意味がわかってなかったのだ。
今までは認めてたつもりで認めてなかった。
それがやっとここにきてはっきりわかった。

これはつまり
私のいつもの言葉にひっかかる癖だった。
言葉の概念を知識として受け入れてしまう癖。

それともうひとつ。
私がひっかかってた言葉・・・・それは
「心の奥深いところ」
深いと言われるとどうしても肉体的な距離の認識で捉えてしまい、
よく分からなくなっていた。
自分のハートの奥深いところ・・・今私が感じられるレベルだと
6次元だから・・・・そこまでがまずハートの深いところで
もっと深いところは神我だからそこに向かわなければいけない・・・みたいな認識。
ハートの奥という言葉にひっかかって距離を作っていた。

重要なのは奥という言葉ではなかった。
奥が遠くにあるのではなく 実はそれもまた最初からここにあり
心穏やかに澄み切った状態で神我を感じる状態が心の奥深いところという意味だった。
奥というのは 距離ではなく状態だった。中心も同様。

そして次元もまた同様で 奥に高い次元があるのではない。
次元というのは周波数の違いを便宜的に説明するために言ってるだけで
実際は全ての周波数がここに在るだけ。
それを次元があると言えば言えるけど ここにあるということで言えば
次元など最初からなかったのだ。

つまり一点に全てが存在するということは
距離も無ければ空間も無いし、時間もなくて次元もない。
ということは原因がすなわち結果であるということ。
そしてそれを現すためにはそれを認めることだけであるということ。
ただ全てが同時にある中で もっとも振動数の高い自分にフォーカスし
そこが顕れるように認めることが大切だった。
認めることによって初めて顕れる。

ほーら、「認めるだけ」
また毎回口をすっぱくして繰り返し大津さんに言われた言葉に辿り着く!
ああ、でも「認めるだけ」ってことの意味が私はやっとわかった。
長かった。。。。。
最初からぽーんとすんなりわかっちゃってる人もいるんだろうけどね。
私って一段一段確認しながら納得しながら進むので。
好きでやってるんだけど。

だからハートの中心を定めるって言うのも
その一点を決めるだけなのだけど その決め方が私はうまく出来なかった。
それは自分のハートの奥の位置を探していたから。
しかも現状の自分の位置と神我の自分の位置に距離をつくり
どちらもある状態を気づかずに認めていたから。
だから決められなかったのだ。
奥とか中心という言葉にひっかからず
(奥っていうと距離を感じ 中心っていうと場所を感じてた)
ただ自分の最高の状態。真我(神我・宇宙神我)である自分を
決めて認めるだけでよかったのだ。

地球と融合する時も、他の何かと融合する時も
私はただ漠然とその対象全体と融合して なんとなくその波動を感じていた。
誰かをヒーリングする時も 大きな宇宙大に広がった自分の中に
その誰かがどこかに漠然といる感じのとらえかたで
なんとなくうすぼんやりと「あなたと私はひとつ」
「あなたであるわたし」を感じながらエネルギーで満たす感じだった。
でもそうではなくて あなたの中心と自分の中心を重ねて
融合し一体になればよかったんだ。
そうすることでそのものとなった自分を感じられるから・・・・。

やっとこれから愛と智慧が一体となった世界に進める感じ。
いや、行くんじゃなくて最初からいるんだけど。
認めるだけ。
決めるだけ。
言葉にするとよく知ってる言葉なんだよねぇ。

愛が智慧を生み
智慧が愛を高める
愛=智慧

これも何度も教わってきたこと。
いやはや言葉って。。。。。
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by chandra-k | 2007-09-24 21:50 | Comments(2)

そういうことか!

私は私なりに色々感じてはいるのだけど、
私の特質として表面意識で「そっか!そういうことか!」と
腑に落ちないとすっきりしない部分がある。
どこまで深くわかっているかは別として
私の成長の段階において あるところでポンっと膝を叩くことが出来て
初めてスッキリする。
そこまで行くとある程度そこまでの過程は説明が出来るようになるが
自分がその状態まで到達しなくて かなり曖昧なボケボケ状態だと
「きっとこうゆうことなんじゃないかなぁ~」と自信がない。
自分で腑に落ちないものを誰かに説明するのはかなりモヤモヤだ。

ここのところ自分が大きな勘違いをしていたということがわかってから
ずっと色々と考えを巡らせていて 明確になってきたことがある。

「時間はない」
「空間はない」
「次元はない」
「原因が結果そのものである」

今まで概念として「きっとこうなんだろうなぁ~」という認識だったのが

「時間があるはずがない」
「空間もあるはずがない」
「次元もあるはずもない」
「原因と結果が違うわけがない」

と、腑に落ちた。
それは勿論 私の成長の段階においての理解であることではあるけれど。
なんか、だまし絵みたいな仕組みだったなぁ。

ま、私にのレベルで(あくまで)
「気づかなかった!な~んだ そういうことか!」だけど。

「それはそのもので在ること。」
という何度も何度も教わってきたことには違いないけど、
「それはそのもので在ること。」を
どれだけ自分なりにわかるかなので
「それはそのもので在ること。」と、ひとこと言っても
一人一人その理解度が違うように
感じ方も 伝わり方も 違う。
いかに自分なりにわかるかのやり方がきっとそれぞれあるんだね。

そしてそれを別の言葉にすると結局
「中心を定める」とか「認める」とかになってしまって
言葉としてはいつも教わってるのと変わらない。

ふーっ。
ちょいっと整理しよう。
文字では伝え難いな。

でも私はけっこうスッキリ!
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by chandra-k | 2007-09-19 17:01 | Comments(11)

越える

私は昔から拒絶が少なかった。
ないわけじゃないけど、とりあえずなんでも受け入れ可能という性質。
正反対の意見も、二極化としてとらえられていることも
どっちにも魅力を感じ どっちにも賛同・共鳴出来るところを
すぐ見つけてしまうので 拒絶が起き難かった。

ただ今になってわかるのは
本当は反対も、極もなく、あらゆる分離はないのだから
そうやって受け入れることが出来たのは当然のことだった。
ただ、私の場合はその分離を分離のままで受け入れるのが得意だった。
それが昔から自然に出来てしまったから。
だから私の中で枠を作ったまま同時存在が可能だったようだ。

前回の日記の続きになるがコンピューターで言うと
上書きしてひとつになって新しいバージョンを生きるのではなく、
パーテーションをして同時存在し その不自然さに気づかず
あたりまえに機能しながら 時々どのバージョンを立ち位置にしてるかわからなくなって
不安定になる。・・・・・そういうことをやってきたんだなぁ。
確かにこれは私の癖だった。

あらゆる現象を見ていながら揺れない。
あらゆる学びのための便宜的な概念を理解しながらとらわれない。
あらゆる分離を知っていて それを越える。
全てを越えること。

そういえば私は宇宙図書館の司書見習いだったと思い出した。
蔵書にいちいち振り回されるのが仕事ではない。
本当の愛の智慧を 必要な人に提供するのだった。

そういえば私は子供の頃から
「本来の自分になったら 私ってかなりスゴイ」と
いわれのない自信があって、それだけは確信があったっけ。(笑)

すごいぞ、わたし。
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by chandra-k | 2007-09-15 22:11 | Comments(2)

喉から宇宙が広がる

前回の日記に書いたように 私はかなり大きな勘違いをしていたことに気づいたので
念のため10日のエナジーワークの前に大津さんに確認する。
やっぱり。どうも私は言葉にひっかり易いという癖があったので、
かつて教わったことに囚われていたのだった。

私達は日々成長しているし、宇宙も本質も日々成長発展しているわけだから
昨日の教えは今日は古くなっている。
それに学びの段階に応じて理解度はかなり違うので、教えもその段階に応じるし、
見える(感じる)真実も違ってみえるのが当然だ。
(次元によってこの世界の見え方が違っていて それぞれが真実)
そして成長のためには段階を追って理解しないと進めないところがどうしてもあるので
ある部分を区切って その段階に応じた教えでないと受け入れられない。
つまりそれが多次元であるということでもある。

そして私が何を勘違いしていたかというと 自分が以前に比べ大分成長し、
見えるものが(理解できるものが)変化して 新たにそのレベルでの教えを受け
私としてはそこから本質を認めるということをやっていたつもりだったのに、
認め方(自分の想い・意識の向け方)が以前のままで、
そこから無理矢理強引に今の教えに結びつけていたということがよくわかった。
(最近学び始めた人は逆にそうゆうことは少ないだろう。
学び初めが最新の教えでもあるから。
私の場合は段階を細かく踏んで来ただけに ひっかかりやすかったのかも。)

かなり抽象的に書いているのでわかりにくいかもしれないが
簡単に言うとこういうことだ。
私は五次元意識になる前のやり方を頑なに守りながらも
高次元意識の学びをそれと繋げて、無理矢理成長しようと必死だった。
自分の成長に応じて それまでのやり方というのはあるところで手放し 
新たな段階に移行していくことが大切だったのに。
コンピューターで言えば以前のバージョンに新バージョンを上書きせず
どっちのバージョンも存在するため安定しない状態みたいな・・・(苦笑)

私の場合はこうだったけど 何もひっかからず
「あ、そっかー」と簡単にぽーんと成長出来てる人もいる。
最初から認めることが自然に出来る人はエレベーター式にどんどん進んで行く。
私の場合は男性的理論的志向が強い上に頑張り癖があったので
一旦覚えたやり方にはまってしまっていたことにも気づかず
その中で必死で勤勉に、眉間に皺を寄せながらやり続けていたのだった。
向上心はあるんだけどね。(再び苦笑)
すべての段階を体験したがりとも言うけど。(好きでやってたんだろうけど)
あっけらか~んと、楽しくやれるタイプは絶対楽だな。
って私もこれからはそうしよう。

本当は「すべてが愛。私は愛。時間も空間も次元もない。」
これをそのまんま完全にすんなり認めきれればそれでOKなんだけどね。
それが完全に出来たら(認めて顕せたら)今この瞬間にも聖者だ。

この大きな勘違いのために表面意識で気づかずに
私は自分と無限の宇宙神我との間に距離を作っていたことがはっきりわかった。
そして勘違いに気づいたら、無限の神我と私が重なった。
ジャバラがピタッとなるってこんな感じなのかな。
やっとはまったって感じ。
やっとこれで「私は肉体このままで創造の源」というのがしっくりとはまった。

「私は肉体このままで創造の源・愛の源・智慧の源」
そんな想いでエナジーワークに参加した。

誘導で地球と一体化した時は 動物や植物や深海や火山や森や・・・・
色んなものが脈絡もなく同時に出て来た。(見えたわけじゃないけど)
沢山の動物を感じたのは隣にトモちゃんがいたからその影響もあったかも。
(実は最近「イルカさんっ」って思うとイルカが私のまわりで遊んでるように
感じる。それをトモちゃんに言ったら「私が送ってるから」と笑っていた。)

突然喉が苦しくなり咳をする。
勝手に口が開き始めた。大口を開けながらのエナジー。
すると突然喉がガーッと開き始めた。
自分の喉から宇宙が広がる。
それはまるでクリシュナの伝説で
「クリシュナの瞳を覗いたら宇宙が見えた・・・・」ってな感じ。
そして喉から広がった宇宙がハートと繋がってさらに広がる。。。。

そして創造の源である「わたし」が中心から溢れて広がる。。。。

愛=智慧であるわたしが肉体このままで生きてはたらいている。
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by chandra-k | 2007-09-13 00:27 | Comments(7)

大きな勘違い!

台風で被害にあった方には申し訳ないけど
私は台風の時に外に出るのが好き!
(実は雷も好き!)
中途半端な風雨じゃなく ぐわんぐわんと吹く風や土砂降りが好き。
なんだかワクワクしてずぶぬれで歩きたくなる。
びちょびちょになった後 家に入って「うわぁ~!」なんて言いいながらも
けっこう嬉しい。

何年前だったか神戸に行った時、グリーンスタジアム神戸で野球を見る予定が
台風にもろに当たって試合が中止になったことがあった。
当時はイチローがいたのでかなり残念ではあったものの、
宿泊のホテルがメリケンパークで、海に臨む所だったので
吹き飛ばされそうになりながら面白がってホテルまで歩き、
部屋でものすごく荒れる海、窓に打ち付ける雨を眺めながら
ワクワク楽しかったのを覚えている。

今回の台風は久々に仙台を通過したので休校になったところが多かったようだけど
私にとっては全然たいしたことのない台風って感じ。
そして当日はまきの伝授があったので事務所に行く。
伝授の時は通常一人で受けるので 誰か他の人が事務所に行くにしても
伝授が終わる頃を見計らって行くことにしている。
で、私も同様に伝授が終わった頃に行こうと思っていた。

前日夜からなぜかクリスタルショップが気になり、起きるなり
朝刊に折り込まれていた広告にそのショップを発見したりしたので
伝授をやってる頃にショップに寄って その後事務所に行こうと計画。
行ってみると、なんと!台風のためかシャッターが降りてる。
あれぇ~ 呼ばれたわけではないのか・・・・
ということで予定より早いけど事務所に向かう。
着いたらまさに伝授中かもしれないけど ま、それはそれでいいか、なんて。

事務所に着くと伝授の寸前だった。
大津さんに「ここに居てもいいですか?」って訊くと
「だめだったら最初から言うから。徳ちゃんのエネルギーが必要みたいだよ」
と言われる。
そうか。まきの伝授に私のエネルギーが何らかのサポートを果たせるのか。
じゃあよかった!
そうか、だからクリスタルショップが気になって早めに行くことになったのか。
さすが全知全能ってこと。

そういえば菜穂ちゃんのマスター伝授の時もきよみさんがいて
「きよみさんのエネルギーが必要だったみたいで 私のフィールドに
織り込まれたの」って菜穂ちゃんも言ってたっけ。
そしてましゅの伝授の時も 最初は行けない予定が急に仕事が空いて、
終わりを見計らって行ったつもりが 着いたら伝授の寸前で、
ましゅが五次元に入ったまさにその時だったっけ。
これも意味があったのかな。

そんでまきはまきで急遽夕方から予定が入り早々に帰宅。
それで大津さんとその後話をしていて、私の大きな勘違いに気づいた!

「ハートの奥深いところで想いを発すると必要な情報が表面意識に現れてくる」
と何度も聞いていたので
私なりにハートの奥をイメージし、そこから「こんな情報が欲しい」と
発信していたのだけど、その発する方向がまるで違っていた!

ハートの奥深い所ってのはつまり真我であるのに
私はハートの奥深いところを真我とは思っていなくて、
自分のハートの奥から「どこか、宇宙の中心みたいな真我がある所」へ向けて
思いを飛ばし続けていた。
勿論ここに全てが同時にあるとは思っていたのだけど、
その深さに違いがあるというか それぞれの深さに距離を感じていたみたい。
そして肉体側の私からどこか違うもっと奥の空間へピストルを撃ち続けていた感じだった。
しかも真我ってのは神我であり 私の真我もあなたの真我も同じで
たったひとつだったのに 私はなんだか真我の中も多次元みたいなとらえかたを
していて 神我が次元を落として個性ある真我になってて
さらにそれがもっと個性化して(色合いが出来て)魂となる感じに思っていた。
神我=真我=ハートの奥深いところだったのに
この三つに距離を感じていたことに気づいた。
しかもその真我から発するってのは そこから表面意識に向かってるのに
(つまり中心から拡散へ向かうベクトルなのに)私は
自分のハートの奥から もっともっと中心にあるはずの(と思い込んでいた)真我
さらにもっともっともっともっと中心にあるはずの(と思い込んでいた)神我に向けて
思いを放ち続けていたのだ。
「想いを発する方向」が全く逆方向だったわけだ!
それはつまり脳が真我に向けて「情報くれぃ!」と槍を投げ続けてる感じ。
しかも、私は智慧じゃなくてどうも知識を欲しがっていたようだ。

ああ、これは大きな勘違い!
ああ、私ったら!

ハートの奥深くから今までと逆方向に想いを発したら、
わたしが、あふれ出した!
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by chandra-k | 2007-09-08 00:49 | Comments(6)

スピリチュアル分離感

先日の日記に書いたが 確かに私にはスピリチュアル分離感があった。
仲間には頼れて何でも話せるけれど、それ以外の人にはなかなか頼れなかった。

医者を拒絶する学びは昨年でもう止めたので、今は耳鼻科に通っているが
診察の時、インドの神様の絵が沢山描かれたTシャツを着て言ったら
先生が「ああ、これはシバ神だね」と言い、「クリシュナもいますよ」と
答えたことから 「バカバッドギーター」に話が及んだ。
先生は「バカバッドギーターは何冊か読んだけど この人の訳が素晴らしい!
でも本は絶版だ・・・・」等と言い、その後何度かの診察中のやり取りの中
私がその本を読んでみたいと言ったら 先生がその絶版の本を持参して見せてくれた。

絶版書探し名人の遠藤さんに言ったら あっという間にその本を発見してくれ
(さすが遠藤さん!ありがとうごさいました。)それを先生に報告。

そしてやっとこの先生なら言ってもいいかなと
「実は私は今 クリシュナ意識などを勉強しているのだけど
真理の詩やお祈りの言葉を朗読すると声が自然に深くなり 喉が開くのに対し、
普通に会話してると喉が絞まって苦しくてしかたなくて 
喉に負担がかかって炎症を起こし痛くなる。仕事の時はその中間。」
ということを訴えた。
(それまで先生は半年治療してるのに完治しないので首をかしげていたのだった)

そうしたら先生は「お祈りの言葉などの時は喉のチャクラがエネルギーに
満ち溢れるのに 普段の会話の時はエネルギーが枯渇する状態になって
いるのかもしれない。喉のチャクラは太陽神経叢のチャクラに対応してるから
瞑想するときにお腹にエネルギーを蓄えるようにするといいかもしれない。」
とアドバイスしてくれた。
そして今まで医師をやっててこんな話を診察でしたのは初めてだとも。
「私もです!」と答えた。
でも三次元の肉体には炎症があるのでそれを改善するために必要だから
治療はするからねと念押しをしながら薬を処方してくれた。
ルゴールなどのヨードに関しても、
「あれは喉を悪化させるとデータをもとに発表したアメリカの学者がいるけれど、
あれは一端悪化した後それによって自己治癒力が高まり 結果治ると私は思っている。
ある側面だけを見て判断すべきではないと思う。これに関しても初めて言ったけど」
って言ってた。

そんな会話をして 私も自分の状態をオープンに出来てとっても気が楽になった。
それまでは診察で「痛くてまだ治りません」と訴える度に
心のどこかに「私の喉は単なる炎症ではなくて 意識が関係してるんだけど
そんなことを言ってもどうせわかってもらえないだろう」という想いがあった。
しかも「治りません」と口にする度に新たに現象を作り出していまうのを
知っていながら、現象として痰が出るので それを溶かす薬をもらうために 
その言葉を口にしてしまう・・・・そして現に現象化するということが起きる。
そんなことを繰り返しながらすっきりしない状態を続けていた。
まさにスピリチュアル分離感!

そして先生に自分が思っていることを伝えることが出来たことで
自分自身までも分離していたことを知ることが出来た。

先生はさらにこんなことを言った。
「以前トルコのコンヤというところに行ったことがあった。
その時ムスクでお祈りの言葉が響いていたのだけど
意味は全く分からないのに その声を聞いているだけで涙が出てきた。
これからそういう声になるといいね。」って。

はい。なります。
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by chandra-k | 2007-09-06 22:33 | Comments(8)

初めてのカレー

今夜初めて夫と一緒にカレーを作った!!!
これは我が家にとっては宝くじが当たる以上にものすごい出来事!

20年前の結婚したばかりの頃 夫はたった一度だけ
自分から家事を手伝おうとしたことがあった。
一人暮らしの経験もなく、自宅で家事をしたことが無い夫は
洗濯機の脱水、すすぎを知らず(我が家の洗濯機は全自動じゃなかったし)
びしょびしょのまま干そうとした。
それを見た私は「あーー!!! もうやらなくていいから!!!」と
全部自分でやってしまったのだった。
それ以来夫は全く家事を手伝う気がなくなった。
私は気づかずに夫の手伝おうという気持ちを否定してしまった。

手伝ってと頼んだことはあったけど、考えてみると私は
「私だって働いて疲れてるんだから たまに手伝ってよ!」という
お願いじゃなくて ほとんど不満をぶつけてただけだったんだろうな。
だから夫はそれに応じようとはしなかった。

そうやってるうちに 自分で全部やることが当たり前になり
いくら頼んでもやってくれないと完全にあきらめていた。
絶対やるわけがないと決め付けていた。
そしてそんなエネルギーを送り続けていたことになる。

家事に限らず私はそうやって気づかずに相手のスペースや役割ややる気を
奪っていたかもしれない。
前回の日記に書いたように 尊び敬愛するということが足りなかった。

そんな大反省のもと、即実行が大切!と
先日お願いしてエリンギを切ってもらった。
最初はイヤだと逃げたけど、
「私より器用だから 切ったら上手いと思うよ~」とおだてつつお願いしたら
危なっかしい手つきで ゆっくりと丁寧に切ってくれた。
あとはひたすら褒めちぎる!
あまり沢山やってもらうとイヤになるかもしてないので今回はエリンギで十分!
食べる時も「切ってくれたエリンギは特別美味しいぃ~!」とまたさらに褒めちぎる。

そしたら昨日「今度料理教えてくれ」とボソっと一言。
「きっと覚えたら私より上手だよねぇ。だって器用だし、
丁寧だし、マニアックだからね~!」と私。
実際私は雑で大雑把だけど 夫は几帳面で丁寧。おまけにマニア体質。
「料理覚えたら凝りそうだよな」
そうそうもし好きになったら確実に凝ってしまうタイプ。

「じゃあ、明日カレーを一緒に作ろう! 手伝ってね!」とお願い。
今朝も起きるなり私は「今日は夜一緒にカレー作れるねぇ~。
楽しみだなぁ。ワクワクするなぁ~」と言って、仕事に出掛けた。

仕事が終わって帰宅して、実行!
夫にはご飯をしかけてもらい、ニンジンとジャガイモを切ってもらった。
あとは次々色んなものを鍋に突っ込み 
「美味しくなぁ~れ!」とかき混ぜながら煮込む。
カレーを食べながら「一緒に作ったカレーは特別美味しいねぇ。」と言うと
まんざらでもない顔をしながら 嬉しそうだった。
そして野球で勝利を喜ぶように食卓で握手!

ああ、まさかこんな時が来るとは思いもしなかった。
他の人、他の家庭にとってはなんてことはないことだろうけど
我が家にとってはものすごい出来事だった。
全ては変わるんだね。
やってみれば。
それはあらゆることに通じるんだね。

明日はもっと美味しくなってるカレーを食べよう!
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by chandra-k | 2007-09-02 23:54 | Comments(16)