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素晴らしきパートナー

昨日また夫がぶち切れた。
でも私としては「そんなことでそんなに怒るの?」という
またしても お互いの枠の違いに驚く。
でも原因は私にあって夫が言うことはもっともなので深く反省。

この世界で私に一番のダメ出しをするのが夫。
だからこそ、自分の枠が違うからこそ沢山学びをさせてもらっていると
つくづく思う。
何かが起きるたびに私は「なぜ?」と考え、
そこからいつも気付きが起きる。
私の学びと気付きのために協力してくれてありがとう。

私ってかなりタフで打たれ強くて体力あるから
私のパートナーは大変な役割だなぁ。
私が夫の役だったらやりたくないなと思うほど。

先日の日記にも書いたが 夫の高次元に意識を重ねたら
とてもピュアでサラサラしていて軽やかなものを感じた。
本質はこうなのにわざわざそこから離れたものを演じてくれている。
笑っちゃうほどその違いがある。
そこまで違うことをやってくれてるなんて なんてありがたくて素晴らしいのだろう。
それを思うと感謝の気持ちと感動で涙が出る。
なんて素晴らしいパートナーなんだろうと胸が熱くなる。

みんなそれぞれ生まれる前に素晴らしいパートナーと約束してるんだよね。

以前は夫がぶち切れて苦しくなっていると
原因が自分なだけにどうしても共鳴してしまって私の胸にまで塊が出来苦しくなった。
そんな状態でヒーリングすると
眉間に皺をよせた状態で無理矢理強制したエネルギーを送ってしまう状態になる。
苦しさに共鳴した状態でのヒーリングは同じ周波数のエネルギーをまわしているだけで
変化は起こらない。

でもさすがに今回は私も成長しているのでそこからは脱した。
夫の高次元の波動に合わせながらヒーリングすると
あのサラサラとした軽やかな感覚になり 感謝の気持ちを送ると
作り出したマイナスがどんどん外に押し出されて行く。
ああ、こんな風にすればよかったんだ。
 
また今回も沢山のことを学ばせてもらった。
ありがとう。

今日は若柳で初の私のセミナー。
そのなかでこの話もした。
真理は日常とはちっとも離れていない。
真理じゃない日常なんてない。
私達が生きている事 存在そのものが真理。
私達の日常は学びと感動。
そして愛に満ち溢れている。

若柳の皆様ありがとうございました。
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by chandra-k | 2007-06-27 23:37 | 私について | Comments(12)

無駄はない

私はその人がその人らしく個性を輝かせて生きているのを見るのが大好き。
だから決断のために背中を押してあげたり、応援することも多かった。
一方能力があるのにそれを表わさなかったり
才能があるのにそれを生かせてない人を見ると
ものすごく勿体なくてしょうがなかった。
才能をもったまま埋もれていく人をみているのが嫌だった。
私は 才能を生かしてそれを仕事にしないのが惜しくてたまらなかった。

でもよく考えてみると それって私のエゴだったと気付いた。
多くの人の目に触れたり 多くの人にその素晴らしさが伝わることこそ
大切という思い込みがあったかもしれない。
能力があってもそれを仕事にしなくてもそれはそれでいいのだし、
例え それを表わし外に向かってその存在を知らしめる機会がなくても
本人が喜びをもって十分楽しんでいればそれでいいのに。。。。
(私はどうも自己表現は自己完結では意味がない気がしていたみたい)

結果的に世の中に評価されようがされまいが
それが何かの役に立とうが立つまいが
無駄なことは何もないのに。。。。
私は心のどこかで
「役に立たないことが無駄に思える感覚」を持ち合わせていたことに気付いた。

母は家族のために働き詰めで自分の時間をほとんどもてない生活をして来た。
それが今、商売を止めやっと時間が出来て墨絵を始めた。
沢山沢山描かれた絵を見た時私は涙が溢れそうになった。
ああ、本当に今まで何も出来なかったんだなって思った。
母は色んな能力を持っていたはずだったのに
何十年もそれを表わす時間を持てなかった。
それを楽しむ時間がずーっと無かった。
そして私はそんな母の能力が勿体かったなぁと思ってしまったのだ。

私はついそう考えてしまったけれど 魂の大きな流れで見れば
無駄なことは何もなく、母の人生を勝手に嘆く必要もなく、
すべてが学びとしてしっかり記憶され 大いなる「わたし」の成長となる。
失敗も後悔もなく 存在しているだけで何をしようと素晴らしい。

夫が毎日聞き続けている膨大な音楽も
別にそれを仕事に生かさなくてもいいのだし。
こうして聞いている沢山の音楽という個性の波動・エネルギーは
魂に記憶され蓄えられ いつかの転生の時
例えば絵のように違った形で現れてくるかもしれない。
人生を区切って見るから 焦って早急に何らかの結果を求めてしまう。
大きな流のなかで全ては繫がっている。
そう、無駄なことなど一つもない。

あらゆるものがあるがままで素晴らしい。
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by chandra-k | 2007-06-21 23:41 | Comments(10)

最近やってること

近頃ちょっと休憩中の私。
酷使し続けてきた私の肉体を少し意識的に休ませている。

で、ここのところやっていたのが色んなものとの一体化。
大阪の行きと帰りの離着陸の時 飛行機と一体化してみたら
面白かったから。
さらにエネジーワークで地球意識と一体化した時の感覚が面白かったので
ちょっと応用して 感覚を味わっていた。
我が家と一体化してみたり 目に見えるものと一体化してみたり。

以前の私は何に対しても距離間があったので
その波動に同調して味わうといった感覚だったけど
最近は途中から一体化する感覚が少しづつわかるようになってきた。

月を見ても その波動を味わいながら浴びて
共鳴しやすいなぁ・・・なんて思ってたけど
今は「私が月の意識」と思った時の感じを味わい、
さらに「私が地球意識」「私が太陽意識」と思った時の感覚との違いを
味わっている。
その違いを言葉にするのは難しいけど。
私は月が一番感じやすいみたい。

以前エナジーワークの時 神殿の前にいる天使を感じ(見えたのではない)
その後 あっという間に私がその天使と一体化し
意識が天使のそれになり さらに形が消えて波動となり
そのままどんどん拡大するのを味わったけど その感覚に近い。

今朝は布団の中でまどろんだまま
自分の高次元と一体化してみた。
すると肉体がいきなり引っ張られて伸びて どんどんでっかくなって
はてしなく拡大していく感じになった。
私はかなり大きくて しかも熱い感じがした。

ついでに夫の意識と一体化しようと思ったけど
表面意識と一体化したら 前みたいに同調して苦しくなるかもしれないと思ったので
それはやめて、夫の高次元意識と一体化してみる。
なんとサラサラと軽やかで純粋で透明な感じ!

その後 難しい顔をしてちょっとご機嫌斜めの夫を見ながら
あんなにサラサラでピュアで軽やかな意識が
こうやって肉体を持ってプリプリと怒ったりする体験してるんだから
凄いなぁ! と思ったら、そのギャップに夫を見ながら笑ってしまった。
そしてそれも私の学びに協力するために 本質とかけ離れたものを表して
演じてくれてるなんて 素晴らしいなぁと感激。

二人でランチを食べに出て 店に入ると飾ってあった絵が目に入る。
今まで何度も入っているのに今まで気にもしていなかった絵。
木々の間の小道が奥へと伸び その突き当たりに屋根がある小さな休憩所がある。
見た瞬間 「あ、絵の中に入れる」と思った。
私の意識は小道を辿り その屋根の下に入ってその回りの景色を味わう。
ああ、こうすればいいんんだ。。。。。

これからもっといろいろやってみよう。

あ、それから先日夢に大津さんとシェルティさんが出てきた。
夢かな? よくわからない。
他にも何人かいたけど知ってる人ではなかったような。
大津さんから「ハートに白い光が見える」と言われた。
その時 私のハートにクラウンを感じた。
そのクラウンってのは よく雫が落ちた時に出来る水の王冠。
何かの意識の雫が一滴ポトン! そしてスローモーションでクラウンがチャポン!
それが波紋となって拡がっていく。
私は今までハートの中心を無理矢理肉体のハートのチャクラの中心に固定しようと
してたけど 内も外もなくて とてつもなくでっかい私の中心は
このクラウンでいいんじゃない。と、思った。
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by chandra-k | 2007-06-19 18:18 | Comments(2)

ドラマティックがお好き

私は激しい感情を持ち合わせていなかったせいで
激情に憧れたり、ものすごく個性的な人に惹かれたり
ドラマティックなものが好きだったんだなぁ。

だから体験したがりだったみたい。
激しい体験をするとなんだか嬉しいみたいな。。。。
その最中は勿論辛くてたまらないのに
あとでその経験値に満足するみたいな感じだったのかな。
と、気付いた。

そんで、誕生日とか結婚記念日といった記念日には興味がない一方で
シフトアップの時はドラマティックな体験をしたいという欲求があったんだな。
気付きが起きた時は同時に劇的な何かが起きて・・・・
例えば汚れが完全にキレイさっぱり無くなる・・・ようなことが
起きるんじゃないかと期待するあまり 完璧にそうならないことに
ガッカリしちゃって 結局また新たな汚れを作ることを繰り返していたみたい。

で、本気で向かえば向かうほど力が入って自分に強制して逆効果。
「内側でどれだけ本気で思ったか」が大切なのはわかるけど、
私の場合 本気であればあるほどいらぬ力が入ってブレーキになっていた。
しかもそれが持続するから始末が悪い。

そうだな例えるなら
部屋の中にいて 煙が充満していて苦しくて、しかも暑くてたまらないのに
「何か象徴的な出来事が起きた時に窓を開放して
ドラマティックにその喜びを感じよう」なんて考えて 
ひたすら開けるのを我慢してるバカな行為。

本当はもっと自然に 「あ、ちょっと新鮮な空気がほしいから換気しよう」とか
「外の景色みたいから窓を開けよう」とさらりと何の抵抗もなく開けていいんだよね。
それは何の理由がなくてもいいし、どんなタイミングだっていい。
今、この瞬間に思ったから行動するだけの単純な行為。
あらたまることも 構えることもなく するりとやってのければいいんだ。
別にキバる必要もないし、たいしたことでもない。

そうなんだよなぁ。
窓を普通に開けて 空気を入れ換えて深呼吸。それだけ。
ああ、あたりまえに、自然に、汚れを無くすことが出来るんだ。
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by chandra-k | 2007-06-14 20:57 | 私について | Comments(4)

真理の会

真理の会なんていうと 人によっては宗教だと思ったり
小難しいとか怪しいとか・・・その人の持ってる言葉の概念で
枠付けしてしまうことが多いのだろうけど
真理ってそもそも私達が生きてること、存在してることで
日々の生活、呼吸、想い、行動、意識、全てなんだよね。
そしてそれについて想ったり 話したり 探究したり 学んだりすること
そしてそれについて共鳴する仲間が共有してゆく場 フィールドみたいなものが
真理の会なんだと思う。

だから真理の会には色んな色合いやかたちがあっていい。
みんな学びの段階 周波数が違うから。
自分より早く学び始め 魂がより成長している人の話を聞くのも
身体を動かしながら心と身体を結んでゆくのも
香りを通して植物さんのサポートを受けながら自分の本質に目覚めて行くのも
お料理しながら実りに感謝して語り合うのも
みんなみんな真理の会と言える。

そしてそれは宇宙真我の「わたし」からみれば
全て「個人の会」ではない。
誰かがナビゲーターになってお話したり 道案内をしても
その人個人の会ではないんだと思う。
ただその中心でリードしていく人の個性を通して
よりわかりやすい形で伝えていくものなんじゃないかな。
だからリードする人は 自分の個性の輝き・色彩をいかに表すかが大切だし
そこに共鳴するなら 喜びをもってお手伝い・サポートすればいい。
リードする人個人のためというより その会で、その場で現されるもの、
そこから繫がり 拡がっていくものをサポートするのだと思う。
それが内側の自分が求めるものならためらわず。
そして無理する必要はない。

私が話すセミナーもあるけど それは私個人の会ではない。
私は私の個性を通して 真理を伝えるお手伝いをするのだと思う。
私を宇宙に使ってもらうだけ。

誰がナビゲーターになってもいい。
誰もが必要な特別な存在なのだから。
どこで行われてもいい。
どんな名前で どんなスタイルでもいい。
あらゆるものが真理の表れなのだから。。。。


さて、東京セミナーが今月26日に行われます。
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by chandra-k | 2007-06-09 00:38 | Comments(4)

まだらボケ

先日珠ちゃんが、私達二人を称して「まだらボケ」と言ってたが
まさにそのとおり。
しかもそのボケ具合にも個性があって そこがまた微妙に違う。

珠ちゃんは肉体意識を広げるのを忘れて、肉体を置いてきぼりにしてしまい
寂しさを感じていたが、私の場合は似ていながらちょっと違う。
実は私の場合、「肉体置いてきぼりの寂しさ」は2年ほど前に体験済みで、
やはりその時「意識が広がったのに なんだか一人ぽっちで
宇宙に一人取り残されたようで寂しいんですけど・・・・」と訴え、
大津さんから、「それは私も昔体験した。肉体意識を広げるのを
忘れてるからそうなるんだよ」と教えてもらい、
北欧神話の「ユミル」の伝説を聞いた。
「ユミル」は宇宙大の身体を持つ巨人で、自分が「ユミル」みたいに
宇宙大の身体を持ってるイメージをしてごらんと言われ、
肉体意識を広げることが出来るようになった。
それで私は孤独は感じなくなったのだけど、
私のボケの珠ちゃんとの違いは、意識も肉体意識もに広がったのはいいけど
その二つにギャップがあると思い込んでいることみたい。
(ってことは結局 肉体意識がちゃんと広がってないってことになるんだけど)
なんていうか、意識と肉体意識の間に膜のようなものを自分で作って
仕切って分離させてるってことなんだろうな。
頭の中で肉体意識は周波数が低いと思い込んでいるからなんだろう。
私の表面意識と真我の私がちゃんと通じてない(真我が表面化しにくい)のも
結局、自分で膜を作って繫がるのを阻止しているのだろう。
真我とエゴも本当は同じものの表れかたの違いなのに 
それをきっちり区切って別物に認識してるのと一緒なのだ。
なんて融通のきかないまだらボケ!

意識が広がって四次元が2%まで減ったのはいいが
以前の意識の全体が10として、その時の四次元が60%だったとして
今は全体が100になって その四次元が2%だとすると
まだまだ四次元はあるわけだ。
そんでつい今までの癖で四次元にひっぱられる。
珠ちゃんが望遠鏡を逆さまから見ているような感じと書いていたが、
私の場合はで~っかい窓があって そのほとんどがピカピカでクリアに
外の美しい景色を映し出しているのに
ほんの少し着いた汚れのところにわざわざ行って その汚れを通して
景色を眺めるということをしているみたい。
なぜ98%の美しいほうを見ない! このボケ!と突っ込みたくなる。
本当に呆れるほど機用だよね。
大きな素晴らしいほうを認めるほうが簡単なのに わざわざ難しいことをする。
ここが浄化マニアなんだな。

ましゅみたいにそのものを認めて「そっか~きれいなんだぁ~」と
そのものになっちゃえば簡単なのにね。

ここ4ヶ月の激動期のおかげで 久々に子宮内膜症が復活していた。
まあ、アレルギー性鼻炎も以前はたまにフラッシュバックで復活して
結果今はほぼ完治したから 今回の子宮内膜症も完治前の
最後の大掃除みたいなもんだと思うけど。
病院に行ったら卵巣が4cm腫れて 出血もある。
本当に激動だったからねぇ。
まさに私達は創り主。簡単に創って現象化させてしまうわ。
瞬時に創り出す体験も今回喉でいやになるほど体験したから
もういいや。
いいかげん疲れた。
私って本当に体力あるわ。だからこんなに肉体に負担かけまくってきたんだね。
またしても自分の身体に謝りながらヒーリングしていた。

ボケはやめよう。


追記1:この話を電話で菜穂ちゃんとしていたら ガーっとエネルギーが入ってきて熱くなった。
それからトモちゃんが遠隔してくれたら 汗が出るほど身体が熱くなった。
前の日記にも書いたけどセラフィムの愛の炎おそるべし! 身体中が燃えるようだ。
菜穂ちゃん、トモちゃんの持つエネルギーが私には欠けていたんだろうな。
一気に入って来た。ありがとう。

追記2:セミナーで大津さんにヒーリングをお願いしたら、必要ないでしょと言われた。
変わりにあっちゃんがヒーリングしてくれた。先日自己ヒーリングするとき何色がいいか聞いたら「白に紫が混じった感じ」と教えてもらったのだが まさにあっちゃんがセラピストの伝授で新たに入ったエネルギーの色がそれ。という訳で あっちゃんのエネルギーが入る入る。お腹が温かくなったら体中が暖かくなった。あっちゃん、ありがとう!
ところで私が病院に行った時 2cmの子宮筋腫もみつかったのだけど 婦人科に行ったこと自体かなり久々だったし 前からあったのかもしれないし、たまたま検査したらあったぐらいの話でさほど気にもしていなかったのだけど。大津さんによると筋腫やら癌はだれでも意識の使い方で簡単に小さいものを作ってはいつのまにか消したりをくりかえしているそう。意識の使い方で細胞は歪むからね。身体は正直っていうか 本当にメッセンジャーだねぇ。
ここ数ヶ月の心が揺れてた私にしっかりとメッセージをくれたのね。感謝!
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by chandra-k | 2007-06-07 23:53 | 私について | Comments(7)

セラフィムの愛の炎着火!

今日のエナジーの後 最近肉体的にかなり疲れていたのでヒーリングを受けた。
途中からトモちゃんがヘルプしてくれたのだが
私が冷えてるってことでトモちゃんが足元から炎を入れる。
トモちゃんの中でセラフィムの愛の炎が燃えているのでそれを着火!
すると私の足元から腰にかけて炎がボワーッと上がってくるのがわかった。
そして私の背中に火柱が立ち 身体がカーッと熱くなる。
さらにハートに着火!
ハートが肉体から外側にせり出し拡大した感覚になった。
かなりリアルな感触。
トモちゃんによると 最初私のハートが炎に包まれ
その後ハートに羽が生えたのが見え さらに色とかたちが変化していったそう。
これは初めての感覚!
面白かった!
トモちゃんありがとう。
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by chandra-k | 2007-06-04 23:58 | 波動体験 | Comments(0)

伝える個性

伝えるってことは結局その伝える人の個性が出るというか
その人の波動・フィールドを通過させるから
その人独自のフィルターがかかったり 色彩が反映されるのだなぁ。

随分前、私がかなり尖っていて攻撃的だった頃
「NHKとは思えない」とよく形容されるラジオ番組を放送していた。
3時間の生放送で、選曲も構成も私がやっていて野放しだったので
かなり過激な発言をしていたっけ。
(といっても本質を提示して考えてもらうっていう方向の発言だった)
その番組を一度 テレビ特番で1時間にして放送したことがあったんだけど、
その時はテレビだし、録画だったため局のディレクターが編集してオンエアした。
そのオンエアを見て私は愕然!
当時の私の過激発言が見事にカットされて
あたりさわりのないただの音楽紹介番組になっていた。

同じ素材を使っても編集者によって全く違うものが出来上がる。
結局、伝える人が何を伝えたいか選択して(自分のフィルターのふるいにかけ)
構成するのだから ある意味新たに作り出す作業に近いかもしれない。

私はよくアーティストのインタビューをしていたが
他の人が編集すると納得いかないことが多いので
自分で編集を覚え 全て自分でやるようにしてしまった。

人によっては話題でばっさり切って短時間で出来る大雑把編集をする。
それはそれでその人の個性だからいいんだけど。
私の場合はそのアーティストの個性を最大限出したいという欲求が常にあるので
編集時間がどんなに長くなろうと かなり細かく編集する。
エッセンスを凝縮して なるべく全体から受けるものを変えないようにする。

1時間番組だと曲もオンエアするから、喋りだけで25分~30分に編集する。
以前ハイロウズにインタビューした時は あまり喋らないと言われた彼らが
2時間喋りまくったので(喋りのみで) それを30分に編集するのに20時間ぐらいかかった。

そして喋りに合わせて曲のどこを使うか検討して全体の時間配分をして構成し、
さらにスタジオでそのインタビューと曲を合わせながら自分の喋りをのせ
1本の番組にする。
いったい私は1本の番組に何時間かけてるんだ!と思ったこともあった。
ばっさばっさと編集して簡単に作ることも可能だけど、
結局私は自分が納得しないといやだから好きでやってるんだよね。
でもそうやって作った番組を アーティスト本人は喜んでくれることが多い。
以前何度かゲストに入ってくれたチャボ(仲井戸麗市)さんが
聞きたいというので、オンエアした番組を送ったら 
本人から直筆のお礼の手紙を2回ももらった時は嬉しかったな。

私の役割って媒体となってよりわかりやすく本質を伝えることなんだと思うし、
結局仕事でもそういうことをずっとやって来たんだなと思う。
「私のフィルターには強烈な色がない」というのが個性なので
私という個性を通過しても、もとの物が違った色にはならない。
それでいて私を通過し 私の霧のフィルターをかけることで
拡散しながら浸透性が増すらしいと最近自分の個性がわかるようになった。

逆に他の人から私が取材されることもたまにあるけど
そんな時は私が一番伝えたいことと 相手が伝えたいことにギャップがあって
やっぱり伝えたいことは自分でやるしかないなと思うことが何度もあった。
結局は私は素材となり、その人のフィルターで伝わることになる。
私はあまりこだわらないのでどんな風に料理されても「ま、いっか」なんだけど。

先日FMで「大人のロック」という季刊誌の取材を受け
その夏号が6/1に発売になった。
(今回仙台のロック状況やロック酒場を紹介。全国誌)
発売日に書店で見たら なんと私のことが「カリスマDJ」と紹介されていた。
カ、カリスマ・・・・私に一番似合わない言葉かも。。。。
う~ん。不思議。。。。。。
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by chandra-k | 2007-06-03 21:20 | 私について | Comments(9)

みんながいてくれてしあわせ

前回の日記にも少し書いたが
私と魂の志向性・性質が似ている美穂子さんと話すと
子供の頃から感じたりやってきたことが似ていた。

雨で曇った仙台市内を見下ろすビルの29階で
子供のころ感じていた孤独感について話す。
あれが分離感を決定的に感じた時だった。
小学校1年の時、とてつもない、本当にとてつもない大きな、
宇宙的な孤独感だった。
なんで他の人と完全に全く同じ思いになれないのか、
自分だけがこの世界にとりのこされたみたいな一人ぼっちの感覚。。。。
今思えば、本質から分離して切り離された、三次元の身体を持った人間の自分を
はっきりと自覚した寂しさだったのだけど。
私たちが抱えていた子供の頃の寂しさの感覚はそっくり。
子供の頃、誰に教わるともなくよくお祈りをしていたのも同じ。

でも真理を学び どうして私がここにいるか
そして本質は一つであるとはっきりわかった今、
私に寂しさはもう無い。孤独感を感じることもない。
私たちは繫がっていて、私たちは全てで一つで、
私があなたであり、あなたが私であり、
大いなる「わたし」であることがわかっているから。

こうして別々の身体を持って学んでいると
学びであることはわかっていながら現象に振り回されたり 
大変だと思うこともあるし、自分で自分を必死で励ましていることもある。
そんな時に共に学んでいる仲間、繫がっているのを常に感じられる仲間が
いるってどんなに心強いことか。

私にとって今年の2月~5月は本当に激変期だった。
大きなエネルギーの流れの中にいた。
私の実家も、夫の実家も、夫の会社もあらゆることが激変。
心が揺さぶられるような出来事が立て続けに起き
さらに私の声がかすれて不安に襲われたり
とにかく学びのテーマが畳み掛けてやって来た。
そして、そんな私に対して皆がエネルギーを送ってくれた。
東京から、仙台から・・・・
皆本当にありがとう。
皆が想ってくれてることがどんなにありがたいか。
どんなに嬉しくて幸せか。
あのとてつもない孤独感はこんな幸せな感覚を味わうためにあったんだね。
みんな、本当にいつもありがとう。
そしてこの幸せは私だけのものじゃない。
みんなそれぞれにあるものなんだよね。
私が皆に想ってもらってるように 私もいつだって皆を想っている。
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by chandra-k | 2007-06-02 00:28 | 私について | Comments(5)