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囚われからの脱出

久々に日記を書く。
毎年のことながらゴールデンウイーク前は番組やCM等の締め切りが早くて
もの凄く忙しい。いつもの倍仕事がある。
かといってゴールデンウイークが休みになるかといえば
結局仕事がない日はなさそう。
でも忙しかったから日記を書かなかったかというと 
書く気になれなかったというのが正直なところかもしれない。

2月3月4月とかなり色々なことがあって大変な思いも沢山したけど
結局は学びのために起きているのだということをしみじみと実感した。
今回は本当に沢山の実体験をしてそれに応じて大きな気づきがあった。

先日の私のセミナーでは自分が実際に体験し学んだことを話した。
ブログには書けない具体的なことに触れながら 
(私はどんなことでも日記に書いて公開しても平気だけど
私に関わる人はまだその準備が出来ていないので公開出来ないことがまだまだある)
いかに執着というものが本人がなかなかわからないように巧みに重層的になっているか
そしてそれを取り払ってゆくと 本当の愛の深さに気付くこと
それがどれだけ豊かで慈しみ深いものか。。。。。
話をした後 それは私にとっても整理になってなんだかすっきりした。
この数ヶ月の学びによって私は沢山の執着を手放すことが出来、
自分の大きな成長になったことは確かだと思う。

ただ、そのあとにはっきり見えてきたのが私にとってのさらに大きな執着だった。
それは自分の声に対するもの。

この日記にすでに書いているように2月の東京セミナーの後から
私の声はずっと本来の調子ではない。
あやうく声が出なくなりそうな状況をどうにかこうにかなだめながら
やりすごしてきた。
続けて話すと声が涸れるので なるべく声を発しないように会話をセーブしたり
小声で話すようにし、仕事もキャンセル出来るものや移動出来る物を調整し
人と会うのも最小限にして なるべく連続で話す時間を少なくしてきた。
(涸れた声を回復させないと次の仕事に影響が出るといった状況だった)
耳鼻科に行って痰を溶かす薬をもらって今も飲んでいる。

今までも声が出なくなったことはあったが それはどんなにひどくても
2~3週間で回復していた。
でも今回はまる2ヶ月。医者も首をかしげる。
そう、わかっている。これは私の意識と学びに大きく関係していること。
私の意識が大きく変化すれば その症状はたちどころに消えるであろうことも。

そしてそんな状況の中沢山の大きな気付きがあり、
意識も軽く かなりいい感じになったので
「よし! これで私の声もばっちりだ!」と思う・・・・
なのに声が治らない・・・・がっくり。
まだ何か足りないの? 気付いて、しっかりと決断したと思ったのに
こんなに分かったのにそれでも声は治らないの?
そしてまた気付きがあり「今度こそ大丈夫 カンペキ!」と思ったのに
それでも声が・・・・・・・・・この繰り返し。
現象は作り出したものだから囚われる必要はないということを分かっているのに
声を出すたびに本来の状態じゃないことを確認してしまうため
その現象から意識が離れない。

これは明らかに私の一番のウィークポイントを突いた学び・お試しだ。
考えてみると 私にとって声というのは私を支えてきたものだった。
今まで経験した大変な状況をいつだって声によって乗り越えてきた。
経済的なこともこの声で乗り切ってきたと言ってもいい。
その自分を支えてきたものに対する執着が揺さぶられている。
昨年は咳のし過ぎで骨折したけど 大概のことではへこたれない私だから
私にとって一番キツイ、声というテーマがやってきたとしか思えない。
過去と未来に対する不安と執着。
これを完全に取り払いなさいと言われてるみたい。

しかもこの喉のトラブルは今生で作ったものだけではなく
過去生で作ったものも関係しているらしい。
「カルマも、汚れも愛だった」ってはっきり気付いたのに
それなのにまだ何か足りないのか?
大津さんに聞いたら もっと深いところではっきり決断することが必要と言われる。
深いところか・・・・

夜中に明想しながら自分の魂に語りかけてみた。
「カルマも汚れも罪悪感もみんな愛が形を変えたもの。
私は罪穢れのない純粋な意識。私は全てを許し 許される・・・・。」
ちょうどその頃 東京セミナーのために菜穂ちゃんの家に泊まってたメンバーが
みんなで私に遠隔でエネルギーを送ってくれたという。
ありがとう。こんな仲間に囲まれて私は本当に幸せ。
私はいつだって一人ではないんだね。

そしてここに来てはっきりわかったこと。
私の喉はすでに完全に治っている。
初期の頃は確かに炎症があって無理は出来ない状況だったけど
今はもう治っているのだ。
自分のセミナーの時だって 話してる時は大丈夫だったのに
その後喉を気にしつつお喋りしてたら喉が苦しくなって来た。
ただ声がかすれるという現象に囚われ 常に気にしているから
喉からエネルギーを奪いいつまでも状況が好転しないだけ。
現にエネルギーチャージをすると一発で喉の苦しさが無くなる。
でもすぐに又喉を気にすると とたんに喉が詰まって苦しくなり
声がかすれるという現象が現れる。
この繰り返し。
明らかに原因と結果の法則だ。
創り主である私が今この瞬間に作り出している。
自分が瞬間に作り出しては消し、また作っているということをはっきりと体験した。
ああ、私の喉はなんて完全なんだろう。
意識の変化に合わせてこんなにも簡単に現象化してくれている。
私の学びに協力し色々教えてくれている完全な喉さんに感謝する。
ありがとう。
いつだって私を支え、私を表し、私の学びをサポートしてくれてありがとう。

そうして感謝しながらも どうしても意識は喉から離れず
またエネルギーを浪費し声が涸れるのを繰り返していた。
昨年は珠ちゃんから「やめればいいのに」と言われ
先日はましゅから「もう浄化ではなく幸せ喜び楽しい日々を送って行っては
いかがでしょう」とメールをもらったけど わかっちゃいるのに・・・なんだ。
とっくに決断したはずなんだけどなぁ。。。。

すでに私の中の四次元周波数は数パーセントしかなくなっているのに
わざわざほんの少しのその覗き穴から世界を見ているみたいなことをしている。
もともと四次元が好きで浄化マニアだからこうなるのだ。
もうやめた!と決めたはずだったんだけどなぁ。
私に足りないものは ましゅのように「そのものになること」
そこまでなりきれてしまうこと。

結局私のテーマ「自信のなさ」「自分を信じきること」に繫がる。
それともうひとつ。
「存在そのものが愛そのもの」だとわかって まわりに感謝して嬉しくなっていたけど
「自分の存在そのものが愛そのもの」とまでちゃんと認めていなかった。
自分に感謝し、自分を認め、完全である自分を信じきる。
それが一番必要なのだ。

美穂子さんが以前「信じる力」という日記を書いていた。

<ネイティブ・インディアンの部族には、
フェイスキーパー(Faith keeper)と呼ばれる役割を持つ人がいます。
フェイスキーパーの仕事は、いかなるときも心を平静に保ち、
「部族が平和である状態」のビジョンを常に持ち続けること。
一見何もしていない人のように見えるのですが、
部族内に混乱が起きたり、人々が痛みや恐れなどの感情を持ったとき、
フェイスキーパーの存在がとても重要になります。
フェイスキーパーの安定した心、肯定的なビジョンが部族を救うのです。>

私はフェイスキーパーとしてはまだまだだひよっこだな。
かなりの執着がとれてぐらつかなくなったけど。。。。
大津さんてフェイスキーパーでもあるなって思う。

そんなことを考えていたところ 夫の実家である出来事が起きた。
それは心動かされるような出来事ではあったのだけど
その時私は心動かされてる場合じゃあないと思った。
しかもここしばらく声に囚われ、浄化に囚われ、現象に囚われ 
「ああ・・・・」となっていて なるべく声を使わないよう消極的態度の
生活を送っていたけど 新たな事態に「もやもやうじうじしてる場合じゃあない!」
「いつまでも作っては消してという現象遊びに興じている暇はない」と
なんだかはっきり思えたのだった。
あ、これ決断だ。
例えはちょっと違うかもしれないけど
「溺れてる子を目前にして祈る前に まず飛び込む。助けながら祈る。」
みたいな感覚。
そう真理はいつだって実践と共にある。
行動するのだ! と思った瞬間に喉への執着がかなり取れた。

トンネルを抜け いよいよ次の行動期に突入出来そうだ。
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by chandra-k | 2007-04-30 01:22 | 私について | Comments(10)

緩やかな魂のネットワーク

好き嫌いで判断したり 善悪でものを見るということは
かなり減ってきたと思うのだけど
一つのことに対して色々な側面が見えるため、
それぞれの側面に素晴らしいところがあったりして
どれをその時選択すればよいのか迷うことがある。

例えば真理を伝えたいと思った時に
このやり方だと一般的に拒絶が起きそうだと思う反面、
それをあえてやることによって向かう意識がはっきり確認出来て
より中心が定まると思われる時など。。。。
一般に受け入れられやすいように変えるほうがいいのか
それとも一般的には拒絶が起きても、より高い理念を実現するために
必要なことをするか。。。。。

迷う時は 大きなより高い視線で見て、より究極の調和に向かうやり方の方を
選択すればいいんだな。
その選択は一時的には反発や拒絶が起きるかもしれない
でも変革期である今は色々な軋みが出てきている時期だから
摩擦が起きてもそれはしょうがない。
何かが大きく変わるときは 表面的には痛みが伴うように見えたりもする。
大きな変化のためには まず中心となるところが大きくシフトすることが大切で
そのためには中心がぶれないための 確信となる大きなエネルギーが必要なのだな。
そしてそれをしっかりすることによって いずれは確実に末端にも広がっていく。
結局どこを見てどこを目指すかをしっかりと決めていればいいんだ。
そうすればぐらついたり 不安になったりしない。

私達はつい過去の情報や経験で物事を判断したり 未来の姿を予測してしまう。
自分特有の癖のついたフィルターを介して物事を捉えてしまう。
しかも見えるのは自分の意識レベルの真実だ。
でもこれからはまったく新しい時代がやってくる。
私達の今までの価値観や過去の記憶をはるかに超える世界。
それはシステムが変わるというより システムという概念そのものを超える世界。

今までは 例えば5次元意識の人が5000人集まると思うと
ついどこかの会場に一堂に会してシュプレヒコールでもしてそうな感じがして
気持ち悪いとつい想像してしまうけれど、それはよくよく考えてみれば
四次元意識ならありえても 五次元の天国意識状態の人ならありえない。
すでに私達は一体で繫がっていることを実感しているはずだから一堂に集まる必要もなく
また、一人一人自分が創造主であることをわかっているから
偶像崇拝や妄信が起きるわけもない。
それぞれが自分の役割を認識し 喜びを持って行動し、喜びをもってまわりの人をサポートし 宇宙全体意識のために貢献しようとするのだから
もはや強制のシステムはいらない。

「曼荼羅とは、厳格な秩序によってすべてを統合するのではなくて
大日如来を中心とした個性を持った仏たちの緩やかな集合体」だそうだが
これから私達がつくる「緩やかな魂のネットワーク」もそれに近いものかもしれない。
それぞれが個性・役割を果たしながら 魂で繫がりあい
一つであることを感じながら あらゆる国境・人種・思想・宗教・団体・グループ
を超えて、繫がっている集合体。
そこには強制はない。緩やかで軽やかなる調和の自然な秩序が生まれる。
ばらばらに活動していても全体で調和がとれた全体生命。
そこでは一人一人が全体生命、宇宙細胞の一部であることを認識して
喜びをもって活動している。

それは今までの私達の過去の概念を越えている。
そんな風に変化していくのだ。
だって一人一人が多次元宇宙がわかるようになり
愛の振動波を感じるようになり 互いの心の中がわかるようになるのだから。。。。

今 真理を学んでいる私達はどんどん頭で考えなくなっている。
それは過去の情報を分析して不安な未来を作り出す思考を捨てていると言う事。
これからは新たな宇宙の情報を得て 新たな未来を創るために
ハートで感じ想像し創造していけばいいのだ。
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by chandra-k | 2007-04-16 00:15 | 波動の法則 | Comments(13)

鈍感になる。

現象を見ると複雑に見えるが エネルギー的にみるとシンプルだ。
私にとって2月3月4月はエネルギーの大転換時期に来ていたようだ。
あらゆる執着を手放し 次の段階へ進むための転換期って感じ。

時期を同じくして夫の実家、私の実家、夫の会社でクリアすべきことが起き
私の喉は1ヶ月以上治らず 祖母が亡くなり・・・・・
とにかくあらゆることがこの時期に畳み掛けるように起きた。
かつての私なら その一つが起きただけでも心が大きく揺れるような出来事が
全て一気にやってきた。
これは必然としか言いようがない。
なんとしてでも今越えなさいと言われてるみたい。

さらに通夜の日の前日 また携帯を水没させる。
なんと約1年に3回! 
その前は10年間一度もなかったことを考えるとこれも偶然ではない。
急激に新たなエネルギーの入れ替えが起きている。
前回の水没で慌てて携帯を買った時 その携帯とは少しだけのお付き合いに
なる予感はあったのだけど さすがに5ヶ月で水没はきつい。
(以前学習したからデータはちゃんと保護してあるので大丈夫だけど)
しかも半年以下だと新機種にするのにとんでもなく高くつくことを初めて知った。

とにかく普通ならショックをうけて心が揺れまくりそうなことばかり起きる。

そして感じたこと・・・・
「過去と未来は一緒なんだなぁ。。。。」
過去にこだわり 過去の積み重ねてきた記憶に執着し引き戻されるから
結果 未来への不安が起きてくる。
起きた現象と過去の記憶が結びつくから 現象に振り回される。
今の状況を過去に呪縛されたまま言い訳して正当化して来たことにも気付いた。

過去と感じるものも未来と感じるものも 全て同時にここにあり
それは全て今この瞬間、愛が「ある表情」を表わしただけ。。。。
そこに意識を向けた瞬間に 密度が濃くなってかたちをとったように感じるだけで
意識を背けると 一瞬にして拡散して「空」に、本質の大海へ還る。

経済的なこと、健康・病気のこと、仕事のこと、家族のこと、生死のこと、
感情のこと、善悪・判断・比較すること、五感に基づくこと・・・・
あらゆる現象・執着を手放す時なのだろう・・・

ここしばらくは現象を見ると振り回されそうになり
ちょっと心がぐらつきそうになるので そんな時は明想していた。
でもエネルギーの動きだけで捉えればシンプルそのもの。

あまりにも色んなことが起きて自分が変わってきてるからなのか
すこしボーっとしている。
ある意味ちょっと麻痺に似ている。
様々な現象に対し だんだん鈍感になってきた。
これが大津さんの言う「不幸に鈍感になる」って感じ?

いいかもしれない。
あとは幸せと喜びだけなのだから。
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by chandra-k | 2007-04-11 19:43 | 私について | Comments(6)

感謝。。。。沢山の愛をありがとう。

その日は午後から何だか胸がドキドキしておさまらず
夜に番組の収録があるにもかかわらず準備が手につかなかった。
そして電話。
祖母が倒れて救急車で病院に運ばれ 今脳死状態だという。
慌てて病院に駆けつける。

祖母については以前このブログにも書いたことがあるが
戸籍上の祖母で、血縁を説明するとややこしいので省くが
両親が養子縁組したので母とは年齢がそんなに変わらない。
私はこの祖母と実母とを二人の母のようにして育てられた。

倒れる寸前まで普通に茶の間でお茶を飲んでいたのだが突然倒れ
心肺停止状態になったという。
病院で蘇生措置を受けて心臓が動き出し 人工呼吸器の力を借りて呼吸は
しているものの倒れてから一度も自発呼吸はしていない。
すでに脳死状態にあると言われた。

祖母は3日位前から 突然自分の荷物をかたずけ始めていたそうだ。
リーディングすると自分の旅立ちの時を感じていたようだ。
肉体をまとった姿で最期のお別れをするために心臓を動かしている・・・
そんな風に私には感じられた。
ICUで一人一人交代で面会する。
まだかろうじて肉体にとどまっている祖母の魂に向かって、
まだ動いている心臓のハートのフィールドに話しかけ感謝の想いを
私は何度も何度も繰り返し伝えた。

私は家族から沢山愛されていた。
21歳で初めての子である私を産んだ母。
身ごもった子を子宮外妊娠で失くし大手術で命をとりとめ
さらに若くして夫を交通事故で失った祖母。
実母も祖母も私を沢山愛してくれていたのをわかっていながら
どちらかに甘えてはいけないと勝手に思い込み甘える事を知らなかった
子供らしくない子供だった私。。。。。
愛されていながら愛される喜びを心と身体で思いっきり味わう事を
自分に許してこなかった私。。。。。

でもそれは私が生まれる時に設定してきた学びのプログラムだった。
もっとも基本的な愛を封印して学んで来た。
でもだからこそ私は真理を求め 生きる意味を考え 葛藤した。
その全てがあってはじめて私はここまでこれた。

そして先日やっと自分に「愛されることの喜びを味わうこと」を許し
自分の内でずっと眠っていた母なる愛の波動を解放することが出来るようになった。
こうして予定どおり学びを進め やっと菩薩の愛の七次元を目指そうと
思えるところまで来た。
その私の学びのために家族は自分の表面意識ではわからないところで
協力し続けてくれた。
そして祖母は役割を果たし今度は次の学びのために旅立つ時が来たのだ。
そう私には感じる。
だからお別れと感謝の気持ちを伝えた。

ありがとう。ありがとう。沢山愛してくれてありがとう。
私は甘える事を知らなかったから寂しい想いをさせたかもしれないね。
ごめんね。
私の学びに沢山協力して下さってありがとう。
涙がとめどなく溢れる。

ICUの面会時間も過ぎ その夜は番組を収録しなくてはいけないので仕事に向かう。
私の仕事はいつだって代わりがきかない。
義父が突然倒れて亡くなった時もそうだった。
1年以上前から準備を進めてきた私の個人主催のコンサートの当日が火葬だったが
私がコンサートから離れたら誰も何もわからない状態だったので行けなかった。
ステージを楽しむ市民会館一杯のお客さんを見ながら義父を思っていたっけ。
この夜も私は番組を収録しながら祖母を想い何度も何度も涙が溢れた。

翌朝、病院の母から祖母の心臓が止まったと電話が入った。
すぐ病院へ。
まだ暖かく柔らかい身体に触れながら 祖母の旅立ちを確認する。
静かに穏やかに安らかに眠っているような顔で亡くなっていた。
4日6時46分。

祖母の遺体と共に実家に戻る。
祖母の部屋に行くと私のウエディングドレス姿の写真が飾ってあった。
私はこんなにも愛されていたのに。。。。
また涙。。。。

そして・・・・火葬、通夜、葬儀・・・・合間に仕事・・・
何度も何度も涙が溢れた。
でもそれはひたすら感謝の涙だった。

読経を聞きながら想う。
沢山の高次元の方々が祖母を迎えに来て光に包み一緒に行く。
私の高次元もまたそのお手伝いをしている。
光のゲートが開いて大いなる源へ戻ってゆく姿。。。。
私は祖母を送った。愛と感謝をこめて。
そして祈った。光の世界で早く学びが進むように。

私は感じていた。自分から拡がり溢れる母なる愛の波動を。。。。。
私は誓った。愛で満たし愛を放射して生きていくと。
私が生まれてきた役割を果たし 愛で全てに貢献すると。

私に沢山の愛をありがとう。
私を愛してくれてありがとう。
私を見守ってくれてありがとう。

子供の頃よく家族で一緒にお墓参りに来てふきのとうを見つけて春を感じた。
桜を見て、木々の緑の芽吹きを見て春を感じた。
今日はまだ咲いたばかりのお寺の桜を見ながら思った。
祖母の葬儀の今日はゴータマシッタールタの誕生日とされている。
私はもっと成長しよう。祖母のためにも。
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by chandra-k | 2007-04-08 22:53 | 私について | Comments(4)

カルマも愛だった!

特別セミナーの翌日(3/30) 午前中仕事をしている最中
とっても胸が苦しくなる。
あれれ なんだろう? セミナーではとってもいい感じだったのに・・・
また何かが出てきたのかな? 
なかなか苦しさがとれなかったし、ちょうど大津さんが朝パソコンで困ってて
解決出来ていなかったので パソコン見がてらヒーリングをお願いして
仕事の合間に事務所に行く。

パソコンはMIXIを前日ログアウトした後 朝ログイン出来なくなっていたのだけど
メルアドとパスワードがわからなくなって 入れなくなっていた。
(大津さんは昨年パソコンを初めて触って 日々必要なことしか覚えていない)
結局新パスワードを再登録して大丈夫になったんだけど
どう考えても最初に決めたはずのパスワードで入れなかったってことは
「はず」じゃなくて「違ってた」ってこと。
1年前最初に登録した時は大津さんと相談しながら私が操作した。
そして今回何度も頭をかしげながら色々なメルアドとパスワードでチャレンジしたんだけど
頭の中で「パスワードは絶対これのはず」と決め付けてたから入れなかった。
解決した後 大津さんと「真理と一緒だね」と話す。
頭から「こうだ」と思って固まってるとそこから抜け出せない。
「何でもそうだねぇ」と話す。

解決したところでヒーリングしてもらうと
胸ばかりか背中 両側の肩甲骨のあたりから出てくる出てくる。
しかもしつこい。
物理的な肉体の負担と過去生の浄化と他にも色んなものが複合的になってるそう。
そしてそればかりか 私は自分のDNAに記憶された先祖の汚れまで
浄化し始めていたらしい!
ゲゲっ! そ、そんなぁ~・・・・
それってまるで浄化マニアじゃない!
今生の自分がきれいになって来たら 最近はわざわざ汚れを作ってまで浄化し、
それで飽き足らず今度は先祖の汚れ~!?
そんなの果てしない!!!
何やってんだ! 私!
去年だって過去生の浄化がエスカレートして 過去に作った罪悪感から地獄に繋がり
地獄意識で助けを求めてる人たちまで救おうとして 果てしない浄化をしていたのに!
(去年3月11日の日記参照)
また別の果てしない浄化なんて気が遠くなりそうだ。
とんでもない! そんなことはやっていられない! 断じて! と思う。

ここしばらく私は「未来へのこだわり」と「過去へのこだわり」を無くすことがテーマだった。
「未来へのこだわり」に対する学びは夫の身を投じての協力のもと
沢山の執着を手放し 喪失感でぼーっとした時期を越えて
やっとかなりのこだわりを手放すことが出来た。
それに対し「過去へのこだわり」はかなり強固だった。
表面意識でわからない過去生で作った罪悪感や汚れは 
昨年の浄化である程度は手放した
(表面意識で認識してないことが多いだけに どれだけまだこだわりがあるかは
不明なところもあるけど)
で、今生の過去に関してはかなりそんなに無いと思ってきた私だけど
ここ1ヶ月の喉のトラブルだけは しっかり過去に引き戻された。
昨年は骨折しようが 息も絶え絶えになろうが意識状態はクリアだったので
あまり不安になることなく耐えられたが、今回の喉のトラブルは私にとってかなりキツイ。
声帯がちゃんと振動しないという現象が起きるたび
トラウマのように「声が出なくなって大変だった時の記憶」に繋がり
いくら振り払おうとしても 心の片隅に不安があって消えない。
そしてその不安が新たにまた汚れを作り出し 喉のトラブルとして現象化する。
どう考えても悪循環だ。そしてそれをわかっていながら抜け出せない。
自分にとって一番痛いところを突かれたお試しだ。

今この瞬間しかなくて、今この瞬間に完結していて
創造主なる私達は 今この瞬間に全てを創造し続けているってわかってるのに。。。
過去も未来も本当はないということもわかってるのに。。。。
でも本当にわかっていないから こうしてひっかかってるんだ。

最初私は どうにかして「過去と未来はないんだ!幻なんだ!」と
強制しながら断ち切ろうとしていた。
でもそれは 過去から現在、未来へと時間軸で連なってるという前提のもと
今この瞬間の前後を無理矢理ハサミで切るみたいに断ち切ろうとしていたのだ。
本当は時間なんてないし、過去から現在、未来は帯のように繋がってはいないのに。
すべてが今ここにあるから断ち切るっていう感覚・概念自体違うのに。。。。
わかっていながらまた囚われていた。

その後大津さんと話した時に、
「過去の汚れもみんな覚えてて その上に積み上げてるでしょ。」
「覚えてるのは素晴らしい記憶だけでいいんだよ。」
「誰かを見ても その素晴らしいところだけを見て取り入れればいいんだよ。」
と言われた。
その時「!」となって ちょっとまた新たなイメージが自分の中に出来た。
で、今度は「自分の中にどんどん輝く良い記憶が光の球となって降りそそぎ
過去に作った汚れは 雪が暖かい地面に落ちて溶けていくイメージ」をした。
自分の魂の記憶に残るのは「良きことのみ」そして汚れは全て消滅する!
これはいいかもしれない!

それでしばらくそのイメージでやってたのだけど それでもなかなか過去へのこだわりは
なくならなくて 相変わらず喉の調子が気になってしょうがなかった。
それでそのことをまた大津さんに話したら
「いい記憶だけって、それも善悪でしょ。」と言われる。
「あ!」しまった! 気付かなかった!
私何やってんだぁ。。。。。

その夜ずっと色々また考える。
また私はうっかり過去の記憶に善悪をつけていたんだ。
ほんとは全てが愛なのに。。。。。

。。。。。。って考えてる時 不意に思い当たった!
「あ、カルマも愛じゃん!」
そして「過去の汚れ、罪穢れも愛だったんだ!」
「地獄すら愛だよ!」
なんでこんな簡単なことに今まで気付かなかったんだろう!

私はかつて光と闇の学びをさんざんしてきて
「闇は光が彩度を落としたもの」と言って来た。
でも光が究極ではなく、愛こそが光を越えたものだとはっきりわかったのに
「闇も罪穢れも、カルマも愛がその周波数を落としたもの」となぜ気付かなかったんだろ。
言葉や頭ではわかってたのに ハートでわかってなかったのだ。
それにはたと気が付いた。
そうしたらまるでオセロですべての石がパタパタと黒から白に変わり
必死で浄化しようとしてきた罪穢れが一瞬にして全部愛となってひっくり返り
すべてが愛に変わった。
罪穢れがない純粋な愛の意識ってこういうことか。
私は今まで罪穢れを認めながら それをあっちこっちで発見し
必死で箒で掃いてどこかに捨てようとしていたのだ。
捨てる必要などなかったんだ。
最初から愛だったのを認めるだけで 全ては一瞬にして愛に変わるのだ。
まるで化けていたものが「ばぁ~!」ってほんとの姿を現してくれるだけでよかったんだ!

カルマだって思って来た汚れも 罪穢れと思ってきた汚れも
全ては学びのための体験。つまり愛。
四次元意識のなかに作り上げた地獄といわれる周波数の意識が集まるところすら
学びのために出来てしまっただけで 愛のある現れに過ぎなかったんだ。
以前目に見えるもの全てに神の御業を感じて 全てが愛だったと感激して
ゴミすら愛だ! なんて思ったことがあったけど
カルマにまで思いが至らなかった。
「すべては愛だ」と口にしていながら 実はわかってなかったのだ。

「そうだよ!カルマも地獄すら愛だったんだよ~!!!」と思ったら
涙がどっと溢れて 風呂に入りながらしばらく号泣してしまった。

特別セミナーのエナジーワークで
「罪穢れのない意識を感じたものの それの前を行き交う
幻のような過去や現在、未来の靄」みたいな波動を感じた私だったが
それもまだ分離があって 私は純粋な愛の意識と創り上げた幻を分けて感じていた。
それが今度こそ 創り上げた幻の靄が一瞬にして純粋な愛の意識に溶けて
すべてが同じ波動に変化した。
そうか これだったんだ!
「わかりましたーっ!」と叫びたい気分。

今感じるこの意識状態を記憶しよう。と、その波動を味わう。
五次元に入る前に「全ては光なんだ!」と感じて感激して涙した後
すぐ仕事に行って その波動を忘れてしまい戻ろうとしても戻れなかった経験があるので
今回はしっかりこの状態を記憶出来るようにしばらく味わう。
自分のフィールドの波動を感じて味わった。
「黄金の光の柱」と思った瞬間
とても太い黄金の光の柱が天上から降りてきて
そのままどーんと地球の中心まで貫かれた。
手を広げて明想していた私は自分のハートのフィールドの球体も感じたので
私はまるでケルトの十字架みたいな感じになった。
鏡に自分を映すと 顔がどんどん変化する。
色んな人の顔に見える。これは私の過去生未来生の顔?
すべてが今ここに同時にあるからね。

そうして私はこの気付きで過去へのこだわりがかなりとれた。
その翌日土曜日結婚式の司会をしている時 何度か声帯の周波数が変だったけど
それも気にならなくなった。
あきらかに執着が減ったのがわかる。軽くなった。

夕方大津さんにそのことを報告して
「おそらく四次元部分が減ったと思うんですけど・・・」と言うと
四次元が4%にまで減っていた。
やった! だって私かなり四次元周波数を持っていたからね。

それからもう一つ。
前日はヒーリングをしてもらって胸の苦しさがとれて家に戻り
しばらくしたら又胸が急に苦しくなって 背中が痛くなった。
すると夫が胸が苦しくて背中が痛いと言う。
夫をヒーリングしたら私の苦しさや痛みもとれた。
ってことはこの苦しさは夫と連動してたんだ。
つまりその苦しさに共鳴する周波数をまだ持ってるってこと。
そういうことか。
早く四次元部分を無くそう。

そして日曜。余計なことをして夫を怒らせる。
また胸の苦しさが私にやってきた。
眠っている夫をヒーリングしながら思った。
「沢山の汚れを作りながら、沢山もがきながら その度に私に気付きをもたらしてくれた。
表面意識ではわからないのに 私の学びにこんなにも協力してくれてた。
そこで作った汚れは罪穢れであるはずがない。やっぱり愛のかたちなんだ。」
「沢山の転生の中で いろんな役割を演じながら学びあってきた。
相手を成長させるために本質の自分から遠く離れた役割も沢山やった。
その時作った汚れも罪穢れであるはずがない。すべて愛なんだ。」
今までも私は「魂の約束」に感謝していて 夫には感謝してたけど
自分や夫が作った汚れは排除しようとしていた。
でも作り出した汚れもまるごと愛だとやっとわかった。
「いつもいつも全身全霊で愛を与えてくれてありがとう。」
涙と鼻水を流しながら眠っている夫をヒーリングし続けた。
それはまるで夫と一緒にエナジーワークをしているみたいだった。
純粋な愛の意識と宇宙を感じた。
今日もまた夫に感謝。

追記:土曜はみ~あゆさんの伝授だった。
肌が白くなって柔らかくなってた。おめでとう!
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by chandra-k | 2007-04-02 01:12 | 私について | Comments(14)