「ほっ」と。キャンペーン

<   2006年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

一人エナジーワーク

昨日の日記に「大共鳴・・・やっちゃった・・・」と書いたが
近頃 自分の内側に相手を感じる感覚がわかってきたのもあって
内側で相手の苦しみの周波数に共鳴すると 自分の肉体まで苦しくなるのを体感した。
ああ・・・・こういうことね。
やっぱり自分が穏やかで精妙な周波数でいればこそ
相手に限りない愛のエネルギーを放射出来るのだわ。

ここに「同情という共鳴は 同じレベルの周波数のエネルギーを
お互いキャッチボールしているだけで なんの変化ももたらさない」
ということを実感する。

昨日は胸と喉の締め付けられる苦しさを 肉体で体験しながら
このままではいけないから 何度も明想して 究極の本質を想った。

明想していると 一人エナジーワーク状態になる。
身体が勝手に右まわりしたり 左まわりしたり 八の字になったり
ものすごくはやくまわったり 左右に揺れたり・・・・
とにかくエネジーワークの時と同じように 次元を上昇している感じ。
そして止めどなく涙が溢れる。
傍から見たら 明らかに怪しい。
先日大津さんの篠笛を聞いた時と同じだ。
私、一人エナジーワークを会得したのかな? なんて思ったけど
っていうよりは 明らかに私にサポートが入っているってことだね。
ありがたい。感謝。

学びには一つだって無駄はないのだ。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-31 17:39 | 私について | Comments(6)

久々の大共鳴。やっちゃった・・・・

詳しくは書けないけれど
ある出来事が起きて いきなり共鳴現象を起こし
胸と喉が苦しくなり、おまけに唇までピクピク痙攣するほど・・・
ここまで共鳴しちゃうとは思わなかった。

激しい怒りにはもはや共鳴しなくなっていることは体験済み(お試し済み)だったが
「苦しさ」それも、私がスイッチを押してしまった現象には反応してしまう。
周波数の高い想いのエネルギーを放射して状況を回復しようとするけど
自分も共鳴現象で胸がつまって苦しいため 
低い周波数のエネルギーがぐるぐる相手と自分を巡っているばかりで
なかなか脱却出来ない。
他の人なら共鳴せずにサポート出来たことが 身内となると
自分も渦の真っ只中に入ってしまうために 共鳴現象をおこしてしまった。
私ったら まだまだだ・・・・・

こんなことをしながらも 色々と考えていた。
なぜ、今こんなことが起きるのか。

今までかなりの枠を外してクリアしてきた私だけど
まだまだ気付かない枠があったことがわかる。
顕在意識ではそんなつもりはなかったのに 実は心の奥に
「私がこれだけやっているのに」という気持ちがまだかなりあったことに気付かされた。
四次元レベルのGIVE&TAKEの感覚は無くなったと思っていたけど
GIVEに対して お返しはいらないけど、
わかってて欲しいという感情があったことに気付く。
相手をサポートしたいと常に思ってきたけれど
その気持ちは はたして「相手をこうしたい。こうしてほしい。それが相手のためだ」
というエゴではなかったかと検証する。
最終的には相手の学びなのだから。。。。。
相手に対し今までしてきたことや、選択してきたこと、使ってきた言葉・・・・
あらゆることに「これでよかったのか」という気持ちが湧いてくる事自体
現象に左右されている自分に気付く。
まだまだ善悪や判断、自分を責める気持ちがあったことに気付かされる。

まだまだ未熟だ。ふーっ。
こんな今の私に気付きを与えるために またしてもこんなことが起きている。
感謝。

でもそれと同時に 今までは六次元の上段を目指そうと思っていて、
七次元は今の私には無理だわ。。。。と最初から諦めていたのだけど
「与え続ける愛の周波数の七次元」を目指そうと初めて思えた。
その限りない慈しみに満ちた 穏やかで優しい浸透するような意識を目指していこう。
あらゆるものに囚われることなく 遍満する慈愛の意識を。。。。。。。


追記:今 珠ちゃんは私の前世のユダヤ少年の小説を書くため 私のフィールドとつなぎっぱなしにしているため 私のネガティブエネルギーまで伝わって 珠ちゃんの中で反物質化したそうだ。日記に「胸が痞(つか)えるって昔からよく言うけど、ほんとにネガティブな思いの塊ができるんだなあ。。。まるで変なものを飲み込んだみたいに。」と書いていたが まさにそう。私の喉の下、胸のあたりに苦しい塊が出来ていた。そして珠ちゃんが大津さんのところに行ってヒーリングしてもらったら 「これ、徳ちゃんのだよ」と言われたそう。しかも、私のその塊は 私のでもあるけど前述の相手のものでもあり・・・・私は肉体的に相手の苦しさも感じていたのであった!
[PR]
by chandra-k | 2006-08-30 17:27 | 私について | Comments(4)

七次元の曲

冷房が効き過ぎた部屋に長時間いたため身体が冷え切って
体調がイマイチなので セルフヒーリングをしてある程度治したけど
完全復活とはいかなくて 先週大津さんにヒーリングをお願いした。
勿論それで復活したんだけど そのヒーリング中また一つ過去生の傷が浄化された。

背中に大津さんが手を置いた瞬間に
ちょうど心臓のあたりのある場所から まるでレーザー光線がみたいに
鋭い痛みがピシッーと手に向かって発射される感じ。
手がその場所から移動すると その痛みはなくなるんだけど
再びその場所を手が通過した瞬間に また発射!
直径数㍉の針金で身体が貫かれるような ものすごく鋭い痛み。
今まで体験した痛みとは違う。
(前に過去生の浄化をした時は ナイフで切られた時の鋭角な痛みや
槍で刺された時の痛みが出てきたけど 今回はちょっと違う)

大津さんに訊いたら 過去生で東南アジアに生まれた時
逆恨みで呪いの五寸釘を打たれたそうだ。
直接肉体に打たれたわけではないけれど
恨みのエネルギーは時空間を越えて幽体に傷を与え
それが魂に記憶されて残っていたのだ。
別に怖くもないし、私の心も全く揺らぐことはないので
「そういうこともあるんだなぁ」と思っただけ。。。。。
そして、その痛みはヒーリングで浄化された。
ちょっと面白い体験(痛み)だったな。

ヒーリングのすぐ後 大津さんが篠笛で曲を吹いてくれた。
大津さんは過去生で横笛を吹いていたので なんだか吹きたくなると言って
三ヶ月前から篠笛を始めた。
浮かんでくる曲を吹きたいのに 始めたばかりだから技術がついていかなくて
もどかしくてしょうがないという。
(天上界の美しい音楽が鳴っているのに それを再現出来なくてもどかしいそう。)
いくら過去生で笛の名手でも肉体が違うと最初からやり直しの部分があるんだね。
大津さんが吹いていた曲は大津さんの内側から浮かんできた曲で
七次元の曲なんだって。
そしてここでまた面白かったのは、
大津さんがその曲を吹くと 私の身体が勝手に動くこと。
それはエナジーワークで次元を上昇している時と同じような反応で
右回りに揺れたり、左まわりに揺れたり、八の字になったりする。
何度か繰り返してもらって分かったのだけど
正確には大津さんが篠笛を吹こうとした瞬間、音が発せられる前から
私の身体の揺れは始まり、曲を吹き終えてもその反応はしばらく続く。
つまり三次元に音として再現される前から、その後まで余韻をひくように
その七次元の曲を表わす波動は ここにあるんだということを感じた。
ためしに練習曲を吹いてもらったが その時は全く身体が反応しない。
へぇ~っ。七次元の曲の波動で勝手にエナジーワーク状態が出来るんだぁ!
これは面白い体験だった。
もっともヒーリングのすぐ後だったから 半瞑想状態になっていて
反応が出やすかったってのもあると思うけど。。。。

こんなふうに現象化の前に現れる高次元の波動のきざしを私達は感じて
「~な気がする」なんて言ってるのかもしれないと、思った。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-28 16:39 | 波動体験 | Comments(2)

三次元に生まれてきたのは。。。。

昨日の日記にこんなコメントをいただいたので
今日はそれにお答えするかたちで書いてみましょう。


<「比べる」ってそんなに悪いことなのかしら?
色々な人がいて、比べたことによって、自分で気づく部分も多い。
人は、誰しも自分だけでは気づけない。
人がいて、気づかせて頂いている。
そのために、私達はわざわざこの三次元に生まれてきたのでは
ないのですか?>


そのとおり、私達はそのために、その体験をするために、
わざわざ周波数を下げて 物質化して 三次元に生まれてきたのです。
比べる必要がない状態(比べようもない状態)から
わざわざ比べる対象を作って生まれてきたのです。

だから比べていいんですよ。思いっきり!
そのための分離の学びですから。
そしてそれを味わい、体験したら(幻想・仮の姿を味わったら)
さあ、今度は本当のの私達がどんなだったか思い出し 本来の姿に戻るのです。
そして戻ったとき、私達は分離を体験する前より
もっともっと素敵に成長して輝やけるのです。
これが無限に成長発展するの学びの過程。

真っ白な世界を想像してみて下さい。
ホワイトアウトのように全てが真っ白。自分も真っ白。
上も下も大きさも時間も何一つ区別するものがない世界。
その白は限りなく美しく輝く純白でも
どれだけ美しいか、どれだけ輝いているか、わからない。
だからそれを体験するために どこかに黒い石を置いてみたらどうでしょう。
その瞬間 比べることによって
白がいかに白いか、白じゃないものと白との違いを感じることが出来るのです。

私達の本質はひとつで完全。
私達でないものも、完全でないものも存在しない。
でもどれだけ素晴らしくて どれだけ完全か、体験し味わってみたくなった私達は 
ほんの少し自分の周波数を少し下げた状態を作りだしてみました。
こうして最初の次元が出来たのです。
私達の本質は全知全能で完全ですから 周波数を下げて幻想を作り出すなんてことも
わけないのです。
そしてさらに沢山の体験をするため 自らをどんどん様々な周波数に落とし
多次元宇宙となりました。
分離を作り出すことで 光と闇、時間や空間、上や下、右や左、善や悪がつくられました。
比べて判断することが出来るようになったのです。
そこで私達は同時に様々な個性を持ち、
(本質から切り離された状態を体験することで 本質の姿をより知るために)
体験し、味わって、やがて本質に戻っていくのです。


繰り返しますが、比べて、体験していいんですよね。
それは学びの段階ですから。
段階、成長過程によって見えるものも 感じるものも違ってていいんです。
ただ、あまりにも分離の体験に夢中になり過ぎて
本質のひとつであることを忘れてしまっている人が多いということ。
「本来はひとつだから みんなそれぞれが特別で素晴らしい」ということを忘れ
他の人とは全く別のものと思い込み
「自分は優れている」とか「劣っている」と思って
傲慢になったり卑下してしまったりしているのです。
そんな必要はないのに。だってもともとひとつなんですから。

例えば「私は今回心臓の学びをする!」と決めた細胞と
「僕は今回胃の細胞の学びをする!」と決めた細胞が
「ああ、私は食べ物を消化出来ない~」と嘆いていたり
「私は血を送るから偉い!」と高慢になっいたり
「僕も心臓になれたらなぁ」と思っているようなもの。
どちらも特別で素晴らしくて同じ身体なのに。

だから比べる時はお互いの特別な素晴らしさを称えて味わえばいいんですよね。
それは自分の素晴らしさを称えることでもあるのですから。

地球は今までさんざん分離の学びをして来ました。
勿論私達も何千、何万の転生の中で分離を体験し 味わってきました。
あらゆる時代、様々な環境の中、いろんな個性 いろんな学びを体験してきたのです。
でも「分離の学びはもうおしまい」と地球の集合意識が決断し
本来のひとつに戻る(本来の姿を思い出す)統合の時代に入りました。
本来の状態に戻る道のり。。。。これがアセンション。

いろんな体験のなかで 私達は気付き、気付かせていただいています。
学びのために仕掛けてきたプログラムをたどり
枠に一つ一つ気づきながら それを外し、
宝物を見つけ、本当の自分を思い出し、
もとのところへより成長して戻ってゆく。。。。。。
そんなワクワクのゲームに 私達はチャレンジしているんです。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-25 22:11 | 波動の法則 | Comments(14)

新しい枠にご用心

私たちは今まで勝手に枠を作り そこに自分や他人を無理やりあてはめてきた。
「比べる必要はなかった」と学ぶことで 枠にまず気づき、
それを取り払うことが出来て 生きるのが楽になってきた。

それなのに気づかないうちに又新たな枠を作ってしまっていることが多い。
(ああ・・・得意の枠作り!)

「私たちの世界は多次元でその意識状態によって周波数が違う」
と学んだとたん、今度は「波動という枠」を作って比べてしまう。
「私は波動が低いから・・・」「あの人は波動が低い・・・」
無意識にそんな発言をしてたらご用心!

もともと私達は一つであり、波動の低い人はいない。
学びのためにわざわざ分離し、波動を下げて来ただけ。
本来の状態を忘れている人がいるだけ。
その本質を常にしっかりと心の中心においた上での発言ならいいけど、
それを忘れて「私が~なのは波動が低いから・・・・」なんて
無意識に思ったり、言ったりしていないか気をつけよう。
誰かと比べたり、判断したり、ランク付けしていないか気をつけよう。

さらに少し成長してサポートを始めた時に
サポートがうまく出来るとか出来ないとか考えたり、比べたりしてないか
気をつけよう。

私達はもともとひとつ。
比べようがない。
心臓と肺と胃を比べようがないように。
心臓だけ一杯あったら困っちゃうよー。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-23 14:30 | 波動の法則 | Comments(16)

「悲観の眼鏡」

最近自己探求が進んで、かなり軽くていい感じ。
清々しくて穏やかだ。

8/6の「魂の感情」という日記で触れたが、
私は子供の頃から母が置かれた状況を見て悲観的なストーリーを勝手に作り上げ
「きっと辛かったにちがいない」と思ってきたが、
自己探求を進めた今、よくよく考えると、
「母も父も私同様 四次元の粗い感情帯をあまり持ちあわせていなくて
もしかすると 母はそんな状況でもちっとも辛くなかったかもしれない」
ということに思い至った。
で、ここまでの探求で気づいたことなど、確認のため大津さんに訊いてみた。

すると今の私の推察どおりだった。
そうか。だから両親はとても穏やかで 喧嘩をしたのも感情的になったのも見たことが無く 
しかも辛いのを我慢しているようにも見えなかったんだ。なーんだ。
それなのに私ったら「辛いのを子供に見せず我慢してたんだろう」なんて
勝手に「悲観の眼鏡」をかけて見ていて 自分一人で勝手に辛くなってたんだぁ。
(今の今まで・・・・)ばっかみたい。
ということは私って、実はとーっても穏やかな家庭で育ってたのか。。。。。。
(何が『私の家庭は複雑だ』だ。何が『心を開けない』だ。
人生に対する考え方を話し合ってこなかっただけで 
別に偽ってきたわけじゃなかったんだ。
二人の女性はあたりまえにそこにいて 
なんのこだわりもなくあたりまえに家族だったんだ。
私が勝手に『閉じて』いただけで そこにはいつも穏やかな思いやりと愛があったのに)

でも今だからこそこのことに気づけたんだと思う。
私は自分の学びのためにこの両親や環境を選び
自分の性格もプログラムも自ら設定してやって来たのだから。。。。。

生まれて来る時のプログラムのしかたは詳細なもので
例えば「激しい感情の学びをしよう」と思えば
四次元の粗い部分の感情帯を厚くしたり、
さらに「これに関してだけは激しく反応するように」等と細かい
設定を行うんだって!なるほど。
そんで 私と両親の場合は感情帯をもともと薄く設定してきたらしい。
そこに秘密があったというわけか。
この設定によって 私は子供の頃から内省的・内観的志向が強くなったのだ。

それにしても「悲観の眼鏡」という枠に今やっと気づいた。
はぁ~っ。

私達は皆、自分勝手に枠を作り、勝手に眼鏡をかけたりフィルターをかけて
物事を見ていることが多い。
そしてその状態で相手を判断して 勝手に自分が影響を受けている。
(わかっていたはずなのに、ちっとも気づかなかった。)
そしてそのフィルターの正体は 実は自分の中に持っていた汚れなのだ。
汚れが無ければそう見えないのに 自分の汚れを通して見ることで
相手がくすんだり、歪んだ状態で見えてしまう。

誰かが言った「ある出来事」は、ただ「その出来事」でしかないのに
自分が汚れた眼鏡をかけていたために「辛い出来事」に見えて
勝手に自分が苦しくなっている。
実は相手はちっとも苦しくなんかないのに・・・・・
誰かが言った「ある一言」は、ただ「その事実を描写しただけの一言」でしかないのに
自分が汚れたフィルターを通して聞いたために 「非難の一言」に聞こえて
勝手に悲しくなったり、怒ったりしている。
実は相手は特に何も思っていないのに・・・・
いや、それどころか暖かな気持で言ったかもしれないのに・・・・
。。。。。。私たちの回りではこんなことがしょっちゅう起きている。
そしてすべてはその「勝手なフィルター」を自分が持っているから起きる、
単なる共鳴現象なのだ。
これを防ぐのは実は簡単!
自分の持っていた汚れに気づいて無くせばいい 無くす努力をすればいい。

今回の気づきで 苦しみは自分で作り出したということが
まざまざとわかった。
(母は苦しいだろうと思い、その原因は自分と思い苦しくなってたとは!
本当はないのにね)
私達は自分で作り出したもので苦しんでいるのだ。


。。。。。ところで。。。。。
今回、私の「悲観の眼鏡」に気づいたら
私の今までの人生における 家族に対する霧が晴れたみたいになって
やっぱり価値がパチンっとまるっきり反転した。
そしてすべてに対して限りない慈しみの想いが湧き上がってきた。
ここまでこれてよかった。。。。。。。
すべてにありがとう。


追記:私が母の立場だったらどうかな?って考えてみた。私は所有意識や執着が少ないし、けっこうどんな環境でも受け入れて苦にならないので、平気だなぁ。我慢するって感じじゃなく、あたりまえにそこに居られるなぁ・・・・苦しくないや。なーんだ。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-18 13:55 | 私について | Comments(6)

祈りの言葉

前々回の日記に書いたように「書きたい」がとまらなくて
今度は大津さんに教えてもらった祈りの言葉を筆で書いた。
大津さんからは今まで沢山のお祈りの言葉を教えてもらった。
(電話で話していた時出てきた祈りの言葉で
言い終わると大津さんは忘れることが多いので 私はいつもその場で書き留める)
朗読してCDにもしたけど
その中から最も書きたくなって書いてしまった祈りの言葉。。。。



あなたの純粋な祈りは
清らかな光となって天国に届きます
あなたの感謝の祈りも
天に届けられます
あなたの慈愛の祈りは
あたたかい光となって天に届けられます

あなたは
天と地をつなぐ愛の架け橋

確信にみちた祈りとともに
勇気ある実践を続ける時
天がこたえて
強い光があなたを導きます
永遠の愛であなたを包んでくれるでしょう

大いなるいのちの源と
愛の源と
いつもつながっています

あなたが喜び 気づき 
学びに成功すれば
世界のすべてが喜び 成長します

あなたが自分を愛すると
つながっているすべてに愛されているのです
[PR]
by chandra-k | 2006-08-17 18:50 | 大津さん | Comments(2)

宝探し

自分のことって本当にわかりにくい。気づきにくい。
勿論そんなふうに巧妙に自分でプログラムして生まれて来たんだけどね。

先日マキちゃん・トキちゃん姉妹&マキちゃんの愛娘モアちゃんとお茶した時
マキちゃんは「自分は誰かよりとび抜けて出来ることがないのがコンプレックスだった」と
言っていて それについて話をした。

私から見るとマキちゃんはとびっきり素敵な魅力に溢れている。
マキちゃんの家にあるものには 「こんな風に暮らしたい」という意識が
入っていて すべて大切に選ばれたものたちが集まっている。
衣食住すべて、隅々まで大切にしていこうという気持、
暖かな想いが感じられる。

肉体を持って ちゃんと地に足をつけて日々の暮らしの一つ一つを大切にして行くこと。
そしてそこで育まれてゆく家族のおもいやり、慈しみ、愛。
それが調和して 家そのものが、家族そのものが光を放つ。。。。。
それを実際に現してゆくことが出来るのだと思う。

マキちゃんが作るパンは絶品で、美味しいけど
それだけがとびっきり素晴らしくて、家の中がぐちゃぐちゃだったら
どこか外でパンの先生をやってたかもしれない。
でもそういうことじゃないんだよね。
どれかがとび抜けてしまうのではなく、すべてが調和して
そのまんまで現せる大きなもの。
トータルだからこそ伝えてゆけるものがある。

マキちゃんと、だんなさまのジュリアンと、愛娘モアちゃん、
そして妹のトキちゃん。
家族、家庭、友達、仲間。。。ファミリーとういう宇宙。。。。。
生活そのものが真理を現していけたら素晴らしい!
(だって普通は夫や家族が真理を拒絶することが多いのだから) 
そしてそれは決して難しいことではなく
「お料理には作り手の想いが入るんだよ~」なんていう
生活に根ざした身近なことを楽しみながら実践して伝えてゆくことなのだから。。。。

自分が感じていたコンプレックスって
実は最高の魅力なのかもしれないね。
宝物は一番みつかりにくいところに隠してあるんだなぁ。

以前大津さんが悟った時「この世界はすべて神のもので
自分のものは何一つ無いと思ったらものすごく虚しくなってしまったけど 
その後自分自身の内側は神そのものと一つだとわかったら
全てが自分のものであり 自分自身だと思えてケラケラ笑ってしまった」と言っていた。

私自身も「からっぽ」と思っていた私が
「満ち溢れた空(くう)だ」と認められた瞬間に価値が逆転してしまったように
気づきの瞬間に宇宙はパチンッと切り替わる。
マイナスからプラスへ、不安から愛へ。
宝物は最初からあるんだよね。ただし一番わからないように。
だから宝探しは楽しいんだな。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-15 16:13 | Comments(10)

書く

先日 ヨガの守屋先生から、珠ちゃんの日記に書いてあった言葉がとてもいいので、
それを教室に貼り出したいから書いて欲しいと依頼された。
その瞬間、私の中で「書きたい」のスイッチが入った。
スイッチが入ってしまうと私はもう待ってはいられない。
先生が和紙を用意してくれると言ってたのに 筆と墨汁と和紙を早速買ってしまった。

すぐ書きたい。書こう!
そういえば筆を使って書くって 暫くしていなかったな。
子供の頃私は習字が好きだった。(上手い下手は別として)

幼稚園の時 ピアノを習いに行ったけど3回くらい通って
「私に向いてない」と思って、即やめて習字に行く事にした。
(私は好奇心旺盛なのですぐ何でもやりたがる。 
で、やりたいと思ったことは徹底してやるけど
向いてないと思うと即決断してやめちゃうのだ) 
習字は私に向いていた。
墨の香り。墨をすっているのも、書いているのも瞑想に近かった。
どんどん集中しながら内側に入っていく感じ。。。。。
余計な事が頭からなくなって ただひたすら書く。。。。
中学の部活が忙しくなってやめてしまったけど・・・・・
あれからしばらく筆を持っていなかった。

筆で字を書き始めると気持ちがいい。
ただ想いのまま書いていくと字がどんどん大きくなってしまって
紙が足りなくなってしまう。。。。。
ああ。。。全文が紙に納まらない。。。。。
でも止まらない。。。。。

ところで、珠ちゃんが書いた文というのは


   うれしいこと

家族が教えてくれること
自分の身体が教えてくれること
環境が教えてくれることに
感謝します。
どうかそこからまた
新しい輝きをくみ出すことができますように。



あらためて これって私に必要なことだなと思う。
私は夜中まで仕事をしていることが多いし毎日走り回っている。
アナウンス学院の講師もしているので しょっちゅう生徒から
相談の電話もかかってくる。
仕事とサポートでバタバタしていると
ついつい家族のことや家庭のことが後回しになってしまう。
そして先送りしてきたことがどんどんたまってしまう。
「教えてくれること」に気付いていながら そのまま。。。

自分へもしっかり伝えよう。
この言葉。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-14 19:05 | 私について | Comments(12)

反対の言葉

骨折で休んでいたヨガに復帰した。
身体を動かすのはやはり気持ちがいい。
私達のお笑いヨガ教室では「満月に向かって通帳を開くと臨時収入がある」
というのが流行っているのだが、満月の度にその話が出て
実際臨時収入を得た人が続出なのだ。

「実現するためには行動しちゃだめなのよ」と守屋先生。
その言葉を聞いた私は、身体を動かしながら「ああ・・そういうことね」と考える。

つまり・・・・・私は今まで真理を学ぶ上で
「決断とは実行してはじめて決断という。感じたら即、行動」と、教えられてきた。
でもヨガの先生は「行動しちゃだめ」と言う。
これはちょっと聞くと反対のことを言っているように聞こえるが実はそうではない。
「原因と結果の法則」において原因を作ったら疑うことなく委ねること。
変な心配をしてジタバタ行動したり、結果が出るまで待っていられなくて
結果を引きよせようとして無理な行動をするなということ。
原因はすなわち結果そのものであるから 
原因を作って委ねたら(三次元では時間が作られているから現象化まで
時間がかかるけど)結果は当然現れるのだから。。。。。
また 心が喜ぶままにやることを決断した場合は
即実行すると その瞬間に周波数が上がる。

もう一つ 守屋先生は「叶えるためには強く思わないことが大切」と言う。

私は「原因を作るときはしっかり思って作る。強い想いが実現に結びつく。」
と学んできた。これも言葉だけ聞くと真逆に聞こえるけど、そうではない。
ヨガの先生が言う「強く思わない」というのは
つまり自分に強制するように思わないということだろう。
心に強制すると 知らずに拒絶の意識が働いて逆に作用する。
だから原因を作る時は
「心を穏やかに静かにして リラックスした状態で 心の奥でぽっと思う。
しかも方向性をしっかり定めて ぶれないように。」というのが大切。

真理は一つなのだけど、それを表わしたり説明する時に
どの部分に焦点をあてるかで 言葉は違ってきて、
ちょっと聞くと全く逆のことを言っているように聞こえることがある。
だから言葉の上っ面に惑わされず 本質を捉えることが大切。

こんな話をヨガの後 ましゅちゃんとしながら思った。
そういえば私って子供のころから 中心にアクセスするのが得意だったかもしれない。
誰かと誰かの意見が対立していて言い合いをしていても
私にはいつも対立には聞こえなかった。
向かっている方向が同じで 焦点をあてるポイントが違っていたり、
手段と方法論がちょっと違うだけだと感じるから 
その折衷案を私はすぐ提示したり
間に立ってお互いの言い分を解説してまとめたりしていた。
(つまり見ていた次元がずれていただけ)
実は私って そういうことが得意だったんだなぁ。。。。。
誰かの意見を通訳するのも得意だった。(日本語を日本語に)
それが私の個性だって今まで気付かなかった。
なるほど だから昔から本気で誰も嫌いになれなくて 共鳴しちゃうのか。
ほんと今にして気付く。。。。。
自己探求は謎解き&宝さがしだな。。。。。
[PR]
by chandra-k | 2006-08-13 22:00 | 私について | Comments(8)