「ほっ」と。キャンペーン

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サポートさせていただく。

今まで何度も大津さんにサポートしていただいた。
そしてその度に大津さんは 「サポートさせていただいてありがとう」と言う。
「サポートさせていただくことは自分にとっても学びになるから サポートさせていただけて感謝なんだよ」と。

そう言ってもらえるおかげで 私はサポートしてもらっても 「悪いなぁ」とか「御返ししなきゃ」と負い目や負担を感じることなく 感謝しながらサポートを受け入れられる。

GIVE&TAKEは四次元意識。
貰うと返さなくちゃいけない気になったり、逆に与えたのに見返りがないと不満になる。
「こんなに自分はやっているのに さっぱり返してくれない!」などと。

五次元以上はただ与えるだけ。
与えれば自然に与えられるのを知っているから 見返りを求めたりしない。
だから不満にもならない。
ただ与えるだけでいいし、それが喜びとなる。

私は大津さんに沢山サポートしていただいた。
そしてその時気をつけていたのは 頼らない事。
一つ何かを教えてもらったら 自分なりに探求してみる。
いろいろ考えたり 試してみたり・・・・
そして自分で出来る限りのことをやった後で 行き詰ったり 分からない事が出てきた時は また教えてもらう。
そして新たにヒントを一つ受け取って 今度はそれをテーマに探究する。
「こういう言葉を繰り返すといいよ」と教えてもらった時は 毎日毎日唱え続けていた。
私の成長・その時の波動状態にあわせての適切な一言を大切に 少しづつ一歩一歩課題をクリアしながら過ごしてきた。
真理のことを考えない日なんて一日もなかったし 自分なりに探究しない日も一日もなかった。
そうやって3年以上を過ごしてきた。

そして私はその時々で その成長段階で出来る事をやってきた。
「いつか自分がもの凄く成長したらサポートしよう」では 「いつか」がいつになるかわからない。
私は未熟だからこそ、今の成長段階で出来る事がある。
自分が歩んできた道を ほんの少しだけ私より遅く歩み始めた人に 私の経験を知らせることは出来るし 出来る範囲でサポートも出来る。
そう思いながらサポートさせていただいてきた。
大津さんにならってサポートさせていただくことに感謝しながら。。。。
サポートさせていただいて サポートさせていただいた人が 少しでも成長して変化することが私の喜び。
そして今度は成長したその人が、また誰かをサポートする。。。。それもまた喜び。
こうやって喜びは広がっていき 私の周りはみんな変化し
みんな「楽しいよね。毎日嬉しいね。素晴らしいね。」と口にする。

そして今日もサポートさせていただく。感謝しながら。
成長を願って。学びが進むように。
でもサポートはあくまでお手伝い。主体はあくまで自分。
だから手は差し伸べるけど頼らないでね。
支えにはなれてもあなたの足にはなれないから。。。。。
自分の足で自分らしく輝きながら 一緒に歩んで行きましょうねっ!!
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by chandra-k | 2006-04-30 21:36 | 波動の法則 | Comments(0)

共に学ぶ仲間

菜穂ちゃんの日記に 珠ちゃんと学びの進捗状況について語り合ったと書いてあった。
私達仲間はそれぞれ お互いの学びについて語り合ということを良くやってるが
それをやると 必ず気付きがあって 自分の成長に繋がる。
みんな同じようなテーマで探求してたり、
自分では気付かないのに まわりからはよく見えてて誰かの一言で「はっ!」としたり、
そこでもらったキーワードが自己探求のきっかけになったり・・・
とっても大切な時間だよね。

特に菜穂ちゃんと珠ちゃんはリンクしているから 見ていて面白い。
以前、二人がこの人生でそれぞれ作ってきた枠のずれが原因で
二人して落ち込んでたことがあった。
その時、二人其々と電話で話したんだけど 落ち込んでいる二人とは対照的に
私はとってもご機嫌だった。
二人にとって絶妙なタイミングで起きている学びを感じて
「さっすが全智全能! 素晴らしい!」と嬉しくなっていた。
普通の感覚で見たら 私は冷たく見えたかもね。
そしてその何日か後 一緒にランチしながら私は身体の内側からカーッと熱くなり
肉体が内側から発せられたハロゲンランプ状態で 話をしていたっけ。
(2005.6.24 のことだから、私はまだブログを書き始めていない)
あれからまだ1年経ってないよ。
私達すんごく変わったよね。加速してるね。出会った頃と別人だね、お互いに。

皆からもらう一言が自己探求のヒントになる。
ありがとう!
共に学ぶ仲間がいるって嬉しいなぁ!
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by chandra-k | 2006-04-29 18:37 | 私のまわりの素敵な人々 | Comments(4)

言葉の選択・言葉の波動

珠ちゃんとmaniさんが日記の中で「わくわく星に行こう!」と約束して出発した。
そして今、二人はわくわく星にいる。同行者(同調者)もいる模様!

と言っても、これは周波数の話で 「わくわく星」は宇宙の遥か彼方にあるわけじゃなく、
「行こう!」と思いさえすれば 今この瞬間に行ける、というより そこにいることが出来る。

天国も同じ。別の世界、遥かなどこかにあるんじゃなくて いつだってここにある。
最初からずーっとある。この世界は多次元だから。
穏やかで 喜びに満ちた意識こそが天国周波数であり その周波数になれば
私達はここにいながらにして天国にいる。

つまり「わくわく星」も「天国」も今、ここにある。
そして私達はいつだって、いつまでだってそこにいられるんだよね。
(三次元周波数にどっぷりつかってると 最初努力は必要だけど)

「天国」って聞くと とたんに宗教くさいと拒絶しちゃう人は
「わくわく星」って思うといいよね。(maniさんありがと!)
自分がイメージしやすい言葉を選べばいい。

言葉もまた多次元だから 同じ言葉を使っても 使う人の想いで周波数は全く違う。
それに一人一人自分で言葉に枠を勝手に作っているから それがずれてると
まったく違う意味に感じたり 違和感があったり 拒絶が起こったりする。
だから一番自分にしっくりする言葉を選べばいいんだよね。

「霊」って つまり「意識」ってことなんだけど
大抵の人は「霊」と聞くと「おばけ」や「幽体」とイメージして、嫌がる。
でも逆に「天使」っていうと喜ぶ。
「あなたの隣に霊がいますよ」と「あなたの隣に天使がいますよ」は
どちらも個性を持った意識のことを言っていて 同じ意味で使っても
多くの人は前者を嫌がり 後者を喜ぶ。
周波数がちがうだけで みんな個性を持った意識なんだけどね。

「愛」という言葉も その言葉が発せられた時の波動を感じる人以外は
自分が作ってきた概念(枠)で、「愛情」「恋愛」「情念」「家族愛」「人類愛」「博愛」
・・・・・・意味合いが違って解釈されてしまう。
「愛」「神」「霊」「天国」は拒絶反応が起こりやすい、誤解されやすい言葉だよね。

「マインド」「メンタル」「精神」「スピリット」「心」「ハート」「御霊」
言葉自体の波動も違うし それを発する人の意識の周波数でもっと違う。

自分で幸せ、嬉しさ、喜びを感じる言葉を使えばいい。

今の私には 「愛」「光」「神」「智慧」「根源」「大いなる意識」「無限の宇宙意識」
。。。。。全て同じ意味。

私の肉体を通して発っせられた言葉で 
それを聞いた人によきことが起こりますように。。。。
そんな風に 光の言葉を話して行こう。。。。。
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by chandra-k | 2006-04-28 22:11 | 波動の法則 | Comments(0)

CARPET OF THE SUN

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(ASHES ARE BURNING/RENAISSANCEより TOCP6800)


CARPET OF THE SUN


COME ALONG WITH ME DOWN INTO THE WORLD OF SEEING
COME AND YOU'LL BE FREE TAKE THE TIME TO FIND THE FEELING
SEE EVERYTHING ON IT'S OWN AND YOU'LL FIND YOU KNOW THE WAY
AND YOU'LL KNOW THE THING'S YOU'RE SHOWN
OWE EVERYTHING TO THE DAY

SEE THE CARPET OF THE SUN
THE GREEN GRASS SOFT AND SWEET
SANDS UPON THE SHORES OF TIME
OF OCEANS,MOUNTAINS,DEEP
IT'S PART OF THE WORLD THAT YOU LIVE IN
YOU ARE THE PART THAT YOU'RE GIVING

COME INTO THE DAY FEEL SUNSHINE WARMTH AROUND YOU
SOUNDS FROM FAR AWAY MUSIC OF THE LOVE THAT FOUND YOU
THE SEED THAT YOU PLANT TODAY TOMORROW WILL BE A TREE
AND LIVING GOES ON THIS WAY,IT'S ALL PART OF YOU AND ME

SEE THE CARPET OF THE SUN

私と一緒に来て、見るという世界へ
来ればあなたも自由になれるわ ゆっくりと時間をかけて感じをつかむのよ
それぞれの力で自立しているものを見れば あなたも自分の道を知っていると気付くわ
そしてあなたが見たものは すべて生命の恩恵を受けていると気付くはず

太陽の絨毯や 柔らかく心地よい緑の草をみてごらんなさい
深い山の中の海の
時の岸辺に打ち上げられた砂を
それがあなたの住む世界
あなたはあなた自身が捧げるものの一部なのよ

太陽の下に出て 光の暖かさを身体いっぱいに感じるのよ
遠くから あなたが見つけた愛の音楽が聞こえてくるわ
今日あなたが蒔いた種は 明日には大木になるでしょう
こうして人生は過ぎて行く
すべてがあなたと私の一部分なのよ

太陽の絨毯をみてごらんなさい


追記:ここでいうSEEING見る というのは肉眼の目で見るというより 心の目で見る。感じる。本当にわかる。ということだね。
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by chandra-k | 2006-04-27 21:53 | 音楽 | Comments(0)

いのちの営み

毎年4月の中旬から5月下旬に仙台の街を歩くのがとっても好き。
それは イチョウの新緑が毎日毎日すこーしづつ育って行く姿を見ることができるから。
イチョウの木の枝ぶりも1本1本違ってそれぞれに美しく
その硬い枝や幹から 最初はほんの数ミリの緑が顔を覗かせる。
そしてその緑がちっちゃいながら ちゃんとイチョウの葉の形をした「赤ちゃん葉っぱ」になり日に日に目に見えて大きくなってくる。
まだ緑が少ないために 気がうっすらと緑のベールをかけているようにも見えたりする木もある。
緑がまだ姿を現していない木もあるけど そのなかで
いのちが流れ 光が満ち 芽吹くのを待っているんだね。
その喜びとエネルギーを想うと嬉しくなっちゃう。もうすぐ、もうすぐ。。。。

「ドングリの中に眠っている檞の大木も、殻を破って大きくなる前に
先ずドングリ全体が目覚めなければならない」(「ヒマラヤ聖者の生活探求」)

三次元に物質化する前から完全なるいのちはあり そしてそのいのちを
その時その時で変化しながら現し輝き続ける。。。。。
植物も私達も。

最近私は りんごを見ては「こんな実がなるなんて素晴らしい!」
我が家の観葉植物を見ては「こんなに艶々と美しい!」と
いちいち感激している。
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by chandra-k | 2006-04-24 20:35 | 美しき自然 | Comments(3)

骨折ぅ~!?

自分の心の中を確認しても カルマの学びは終わったって気がするのに 脇腹の痛みと引き攣った感じがとれないので 整形外科に行ったら なんと咳で肋骨が疲労骨折していた!

どうりで痛い訳だ。
でもこの2ヶ月間はこの骨折の痛みと同等、またはそれ以上の痛みが 身体の8箇所位を移動していたので まさか骨折とは思わなかった。
物理的には たまたまこの場所が骨折したってことになるんだろう。
私としては痛いことは痛いけど 呼吸困難のほうがよっぽど苦しかった。

一昨日エナジーワークをしていたら 痛みが表面化してきて ズッキンズッキンと脈打ち始め、エナジーワーク参加の全員で超豪華ヒーリングをしてもらった(みんな、ありがとう!)
その時大津さんに「どうせ分る訳ないと決め付けたり 病院を拒絶しなくていいんだよ」と言われ翌日 私達と共に学ぶ整形外科医の瀬野先生の診療所に行ったのだった。

そして、やっと気付いた!
私は自分の表面意識であまり気付かずに 西洋医学を激しく拒絶していたことに。
薬漬けでボロボロになった人や、薬に頼りっきりの人を身近にみてきたことと、自分自身が以前アレルギー性鼻炎に苦しみ、薬に頼っていたのを意識を変えることによって薬を手放すことが出来たこと・・・・・
そんな経験から 私は知らず知らず西洋医学を拒絶していたのだ。
だから 今回 夫から「医者に行け!」と言われるのが嫌で 倒れそうに苦しいのに 家でもそれを隠し続けていた。

この拒絶って分離感なのにね。
「薬に頼るのは良くないけど サポート受けていいんだよ。」とも大津さんに言われた。
そうだよね。必要があるからこそ存在してるんだから。
自分の肉体を即座に物質化して再生できるほど意識の周波数が高いなら 医者は必要ないけど こうして三次元周波数の肉体がある以上 必要な時はサポートを受ければいいんだよね。

私の骨折箇所は肋骨だから 放っておくしかないけど 足を骨折したらギプスをしたほうが より早く骨が固定される訳だし・・・ 再生のために必要なサポートは拒絶しないで受ければいいんだよね。
私がやっていたことは「自分のところの宗教こそ正しい」と主張する 宗教戦争と同じだ。

カルマの学びが終わったのをきっかけに 「病院に行ってみようかな」って気になって  先々週内科に行って血液検査をしたら ヘモグロビン、鉄がものすごく少なくなっていて 鉄剤の服用では間に合わない程の数値で 注射で42本分の鉄剤分が不足してると今は1日おきに注射している。
内科医から「我慢するにも程がある」と言われた。2ヶ月まともに呼吸出来ず 酸欠だったからな。

ここまで肉体を限界に追い込んで初めて 私はやっとこの分離感を手放すことが出来た。
逆に言うと ここまでの状況にならないと「頭では分っても心の底に分離感が残る状態」だったかもしれない。
だって実際 私は他の人には「病院もお医者さんも必要だからあるんだよ。必要なサポート受けていいんだよ。」なんて口では言って来たんだから。なのに実は本人は心のなかで拒絶していたんだよね。
「頭でわかる」と「心でわかる」はこんなにも違うのだ!

見事に折れた自分の骨のレントゲンとご対面して なんだか笑っちゃった。
私がなかなか分離感を手放さないので ついに現象化が起き骨折したってことかー。
そして病院でその現象を目の当たりにしたら 何だか私の中の分離感が溶け出して ものすごく爽やかでスッキリ! とても幸せな気分になってきた。
しっかし私って 頭悪~い! ここまで体験しないと分らないのかーっ。
骨折して笑って 幸せ気分って 私ぐらいかも。

ということで 全てに愛と調和を!
これからは 西洋医学も東洋医学もヒーリングも あらゆるものが調和しながら 役割をはたして行く・・・そんな医療になっていくんだろうね。
現象を和らげ サポートしながら 根本を見つめ 意識を変え 病気を作らないようにして行く。
そういう意味でも 意識の学びをしたヒーリングも出来るドクターがどんどん必要とされて行くんだろう。
瀬野先生期待してます!

追記:ヒーリングの時 大津さんには骨の中に黒い筋と白い筋が見えたそう。つまり新しい骨折箇所と古い骨折箇所。この2ヶ月の間に私はすでに他の所も骨折していたらしい。それはもう癒えたんだね。あちこちかなり痛かったから身体をくまなく調べたら もっと骨折してたかも。あはは。私ったら。
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by chandra-k | 2006-04-22 22:22 | 波動体験 | Comments(3)

明想

近頃私の一日は瞑想で始まり瞑想で終わる。

以前は 朝起きて1時間位ぼーっとしながら新聞を見たりTVを見たりするのが日課だったが、この頃は起きるとすぐチャクラクリアリングと光の瞑想をして すっきりしたところで行動を開始。

夜はお風呂の中で毎晩瞑想。これは3年以上続けている。
湯船につかって座ってすることもあるが 私がやりやすいのは 湯船のなかに立ち上がって目を閉じるもの。
それを言ったら皆から「えーっ! 裸で立ってぇ~!?」との反応だったけど 私はそれがやりやすいんだもん。

以前はそうやってチャクラ融合の瞑想をしていた。
(「ライトボディーの目覚め」にあるように ハートのチャクラを中心に 少しづつフィールドを拡大・融合させて やがて光の球になるイメージ)
でも 今になって考えるとその時は単にチャクラのフィールドを融合させていて その光がどこに由来しているかなんて考えもしなかったので ただ光の球に包まれていただけだったような気がする。

心の奥の奥の本質からの光(根源の愛の太陽からの光)を感じるようになってからは
その燦然と輝く光が内側から溢れ 心のフィールドを満たし、
やがて三次元の肉体細胞を内側から振動させ、光が満ち、溢れ、放射し、
溢れ続ける精妙な金色の光が 私自身のフィールドである光の球となり
輝きを放ち続ける。。。。。。そんな明想をしている。

瞑想をいうと雑念を払って無我になる・・・というイメージがあるが、雑念は払おうとすればするほど湧き起こってきて エゴを考え巡らすだけの迷想となる。
無我というのは無理やりエゴを無くすというより 個人意識を無限に委ねて一体化してしまうこと。だから何も考えないというよりは 無限に溶けた、一体化した意識を意識する・イメージする方がやりやすい。
宇宙大の意識、無限大の意識、根源なる意識、光そのものの自分を想う。
それは天国意識、喜びの意識を感じることでもあり まさに明想。
穏やかで安らかで澄み切った心の状態。

そして明想は いつでも出来る。なにも安座になって目を閉じなくてもいい。
私は街を一人で歩いている時、明想しやすい。
自分の前に続く道を 遥か向こうまで見やりながら、さらにその先に思いを馳せ 意識がどんどんどんどん先に伸びて やがて地球を通り越し果てしなく拡がっていくイメージをしたりする。
同様に自分の後ろへ・・・とか、空へ・・・・とか、地球の中へ・・・などと。

意識には制約は無い。なーんでも出来る!
そして明想はいつでもどこでも出来て、気持ちいい!
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by chandra-k | 2006-04-19 23:15 | 波動体験 | Comments(0)

ちょっと不思議な感じ。

カルマの学びを完了したんだけど 肉体を完全復活させるにはちょっと時間がかかるようだ。三次元は時間があるし、私はまだ未熟だからな。
咳のために肉離れした背中と それをかばって痛みが増した胸と脇腹。
くしゃみも咳も1回するだけで激痛が走る。
酸欠と鉄欠乏でちょっと動くだけで呼吸困難。状態は満身創痍!
にもかかわらず、心はとても穏やかで エネルギー状態は柔らかく細やか。
とても平穏な感じなんである!

珠ちゃんから「よくもまあ器用に 波動はキラキラで、肉体だけ痛めつけるということをやったね。」と言われた。

自分の意識を歪めたことが原因で病気を作ってしまった人は 当然肉体同様意識の周波数も落ちているから どよ~んとしていて、エネルギーも見るからに滞っている。
私の場合 肉体はいつ倒れてもおかしくない位の状態が続いていたのに 今の意識はとってもクリアで 爽やか!
これって・・・・・「今生では障害(病気)を持つことによって学びをしよう」と 積極的にプログラムして生まれてきた人が、大変な肉体の苦痛を受け入れて 自分の学びや役割に気付き 穏やかに、幸せに自分の人生を生きている感じに似ているかも。
そういう人って 他の人から見たら気の毒だったり、不幸に見えたり、同情や憐れみの視線を送られるかもしれないけど、悟っている本人は 穏やかに「自分はこの人生を選んでよかった。今とても幸せだ。」と語る。まわりはその感覚を理解し難いけど その幸せな波動は本人が知っている。
だれが何と言おうと 肉体にどんな苦痛があろうとも天国周波数の意識になってる。
。。。。。。こ~んな感じ。今の私が味わってる感覚に近いのかも。。。。。
ここ数日、こんなことを考えてた。

さーて、私の三次元の肉体が完全復活したら 私かなりいけるかも!
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by chandra-k | 2006-04-15 19:30 | 波動体験 | Comments(2)

希望のシャンソン

先日仲間の阿部さんが歌うシャンソンの夕べにご招待いただいた。
素敵に年齢を重ねた五人の女性が 人生の機微が紡がれた曲を歌う。

その中で阿部さんの歌は まるで窓辺から野原に軽やかに風を渡り、
喜びと共に拡がって行くように私には見えた。
歌っている阿部さんは 瞳がキラキラ輝いてまるで少女のよう。

たとえどんな情念を歌いこんだ愛憎の曲であっても 阿部さんが歌えば
希望の光を抱えた 柔らかで優しく透明感を持った歌になりそうだ。

言葉も 歌も 目に映る風景も あらゆるものは
それを伝える人の想いの波動でまったく違った光を放つ。
そんなことを感じながら 幸せなひとときを過ごした。
ありがとう!
そしてわたしは阿部さんの歌が好き!
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by chandra-k | 2006-04-14 23:48 | 私のまわりの素敵な人々 | Comments(2)

ホントに沢山学びましたっ!

今年になって本当に沢山の学びをした。
それはとんでもなくハードな肉体の体験と 限りなく幸せで安らかな気持ちという かなり振幅の激しいものだった。
おかげで「まさにこの三次元の肉体をフル活用して実体験した!」という貴重な学びが出来たように思う。(ここまでやらなくても よかったかもしれないんだけどやっちゃったもんはしょうがない・・・・)
今回体験を通して学んだことをまとめて大まかに書いてみよう。 

<エネルギーフィールドは内側から光が溢れ出るものだった!>

3/11の日記に書いたが 私の前世で作った汚れが出てきたのをきっかけに 私は暗い穴に繋がってしまい、私のエネルギーがそっちに流れてヘロヘロになってしまった。
そしてそれを阻止するために、「光のグリット」はものすごく有効であることを体験したが 「グリット」はあくまで防御であり その段階はまだ分離感によるものだった。
つまり それは「闇なるもの」を認めて その影響を遮断するためのガードということ。
私は、「暗い穴」というものは 本来は意識が作り出した幻想であると知りながらも その闇を気にしながら(つまり心のどこかで認めて抱えたまま) 光に包まれている私をイメージし続けていた。(幻想と分って否定しつつも 実際 肉体が苦しい為に心のどこかで認めてしまっていた) しかもそのグリットしている光は 「自分以外のどこからかやってきた高次のもの」という感覚で それもまた本質である光を自分以外の「外」に見ていた結果であり やはり分離感からやってきていた。
。。。。。。。。。。。

そして心の奥の奥の本質なる愛の太陽が燦然と輝くのを感じた時 その全てを貫く光は 一瞬にして私の心の空間を満たし、さらに三次元の私の身体の細胞全てを光に満たし、振動させて身体から光があらゆる方向に放射され 私のフィールドとなり、光の球となって輝いたのだった。
その時 私は思った。
「この光のフィールドの中に 闇が宿るところはどこにもない。存在しようがない。」
「全てが光以外のなにものでもない。」「これって。。。。ひかりそのものなんだぁ~」
あんなに「そのもの」を求めて そのものになれずもがいていた私・・・何やってたんだろ。
つまり私は「そのもの」という枠をむりやり作って それにあてはめようとしていたのだ。
そのものを実体験するまで こんなに大変な思いをするとは。。。。。

でも、このおかげでそのものを体験として感じることが出来たし、自分の汚れを浄化する「禊祓いの祝詞」も覚えた。(こんなことでもないと わたしは覚えないからな・・・)朝の瞑想も習慣になってきた。

以前はチャクラ融合の瞑想をやって 自分のチャクラが光の球となるイメージは出来ていたが その時は「ただ光の球がある」というだけだった。(どこから光が来ているかなどとは考えもしなかった)
でも今回 一体化したチャクラとフィールドは 内側からの(本質からの)光が絶え間なく溢れ、満たし、放射されたことによって 常に輝き、創造・発展・成長し続けられるものだということを実感したのだ。


<カルマは本来 無い!>

カルマをあると認めるといつまでもカルマがある学びを続けなくてはならなくなる。
いつまでたっても前世で作った汚れを解消するために 次の生を続けるようになる。
カルマがあるとする学びはもう終わっている。今はもうそんな時代になったのだ。
私の過去生で作った汚れや魂の傷を 私の魂自身が「解消しなければならない」と あまりにも頑なに思っていたいたために その思いは凝り固まり 解きほぐすのが難しかった。
生真面目であればあるほど 私の魂は自分を責め続けてなかなか罪悪感を手放そうとしなかった。そしてその罪悪感というものは 自己否定であり自分を痛めつけるだけなのだ。
そのせいで 私の太陽神経叢のチャクラの前の部分は逆回転して43%の機能しか果さず、後ろは閉じて20%しか機能しなくなり、さらにハートのチャクラの後ろは殆ど閉じて18%しか機能しない程になった。
それじゃあ 身体がしんどいわけだ。(まともに呼吸が出来なかったのも当然だ)
。。。。。。。。。。。

大津さんにヒーリングを受け、それを浄化してもらった時 白い女神と、男の神様がサポートして下さったという。
そして「高次元のあなたはもう許しているのに 魂のあなたが許していない」と言われた。
表面意識の私がしっかりと認めないと それは現象化しないのだ。
実はその日の明け方 私は朦朧とした意識の中で 広くて暗い空間の中にいた。光を意識して求めていたのに いくら思っても差し込んでこなかった。(チャクラがこれだけ閉じれば当然だが)
ヒーリングを受けながら その空間に薄明かりが差し、全体が薄い水色のほの明るい空間となり やがて 正面からオレンジ色の光が見えてきて だんだん明るくなってきた。
それと共に 波動がどんどん軽く精妙になってきて あたりが白っぽく感じられた。
だんだん呼吸が楽になって 穏やかで安らかな気持ちになり 涙を流しながら「ああ、私の意識はいつだって完全に天国にいるんだ」と感じた。
心のポイントを通して高次元が押し寄せてくる(迫ってくる)、みたいな感じがした。

その後頭から首、肩、胸、腹・・・と上がら徐々に肉体感覚が薄れ 三次元の肉体をかたどる輪郭が失われ 完全に溶けていく感じになった。身体から力が抜けてとても軽い。
優しく安らかで穏やかで精妙な波動。。。。。
魂の傷の疼きは肉体が覚えているので 身体は痛いのだが でもとても平穏で幸せな気持ちになった。そしてその幸福感は翌日も一日続いた。


<痛みは意識が作り出す>

ただ、さらに一日経つと また溜まっていた汚れが出てきて身体が重くなる。
前日との感覚のあまりの違いに 「肉体ってこんなに重かったんだぁ~」と実感する。
私は未熟で 三次元の一旦痛んでしまった肉体を 一瞬にして完全に元の身体に再生出来るほどではないので やはり身体のあちこちが痛くて苦しい。
そのため ついついそこに意識がいってしまい、気にしてしまう。
それによって痛みにパワーを与えてしまい、さらに痛みが強くなるという悪循環・・・・
そんなことを繰り返しながら 自分の意識と肉体の痛みとの関係を観察し続けた。
まさに 病気の人ってこんな感じ。
分っていても肉体的苦痛があるために そのマイナス意識悪循環のループから抜けられない。
。。。。。。。。。。。。

いやはや もう十分なほど今回私は実体験したようだ。
カルマを認め、囚われ続けるとチャクラがまともに機能しなくなる。
そう、罪悪感のような周波数の低い意識はこれだけ肉体を歪ませるということが よーく分った。
(私の場合、今生ではもうそんな意識は作ってないけど 過去生で作っちゃったからね。)
そしてマイナスを認めると(気にすれば気にするほど)それは強固なものになっていく。


<GREED>

珠ちゃんのブログにあった禅タロットをひいたら このカードが出た。
最初英語でひいてしまったので 意味や解釈がいまいちだけど まさに今の私へのメッセージに思えた。(日本語で見ようと その後何度もひいたが その後は何度ひいてももう出て来ない)

私が感じた解釈をおおまかにいうとこんな感じかな。
一生懸命修行をしている人のもとに 天界から聖人がやってくる。聖人は修行者に何を聞きたいかと言う。すると修行者は尋ねる
「私はこんなに毎日マントラを唱え続けているのに いったい何時成れるのか?」と。
「時は金なり」と思っているものがいるが 時間など永遠であり いつまでも続くものだ。
(逆に言えば 時間などない) それなのに何を焦って渇望しているのか。(全ては最初から与えられているのにね。)
修行者の側で 楽しそうに笛を吹く青年がいて、その青年に向かって聖人は同様に 何が聞きたいかと尋ねる。でも青年は そんな言葉に耳も貸さず楽しく笛を吹くのに夢中だった。
そしてその瞬間、青年は成った。

そうなんだよね。渇望し必死に求め続けたから成るものではない。
渇望は「成っていないこと」を認めているだけなのだから。
ホントは簡単・シンプル。
全ては与えられているし、豊かさに満ち溢れている。
本質なる無限意識・根源の光・宇宙の全てであるわたし・愛の太陽そのものであるわたしを 認めるだけでいい。
心の奥底から喜びを感じる状態を認めて表わすだけでいい。
今回の学びで実体験した 光そのものの意識と安らかで穏やかな天国意識で常にいればいい。


脳では、知識では分っていたのに 心から感じる為に、こんなにも大変な実体験の学びを選んだ私って 本当にご苦労様っ!
はい。おしまい。終わっている。
皆は もうこんな体験しなくていいねっ!
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by chandra-k | 2006-04-09 16:48 | 波動体験 | Comments(6)