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カテゴリ:私について( 86 )

マイストーリー(私のものがたり)

来年セミナーを大幅改訂するにあたり、自分の人生をざっくり振り返ってみた。ざっくりとは言うもののそれでもかなり長い~。せっかく書いたのアップしとこ。
興味ある人だけ読んで下さい~。


子供の頃から「私達ってどこから来てどこへゆくの?」「何のために生まれてきたの?」
「何で戦争ってあるの?」「何で神様達は仲よくしないの?」「心の中は見えないけど、ちゃんとそれはあるのに、何で見えているものしか世界って言わないの?」とずっと思っていた。それに明確に答えてくれる人と出会いたいとずっと思っていた。



3歳の時に自分をものすごく可愛がってくれていた祖父が交通事故で亡くなった。子供ながらに死の概念は認識出来た。あまりの悲しみ、喪失感を受け入れることが出来ず感情をシャットアウト。淡々と何の感情も持たず映画を見ているように状況を観察している自分をはっきり記憶している。

祖父・祖母と両親は血縁としては近い親族であったけれど、事情により養子縁組をして親子となり一緒に住んでいた。祖母と母の年齢差は13歳。子宮外妊娠の大手術でかろうじて命をとりとめ、さらに夫を失った祖母は私を実の子のように育てた。

21歳で私を産んだ母とそんな祖母の間で、どちらかに甘えてしまうとどちらかが悲しむのではないかと思った私は誰にも甘えることが出来ず、お風呂の中で膝を抱え淋しくて泣いていた。ますます感情は閉じていった。


とても客観的で人を観察する大人びた子供。それが私。無邪気とは対極にあった。


小学校1年の時、友人と縄跳びをしながら「人間はなんて孤独なのだろう」と思っていた。淋しくてしかたがなかった。

靴を失くして困っている友達につきあって放課後ずっと一緒に探したけれど、心の中で「早く帰りたい」と思っている自分を責めた。その友人の痛みを100%自分の痛みとして感じてあげられない自分は冷たい人間だと思い、そんな自分が大嫌いだった。

ダメな自分だからこそ、まともになりたくて優等生を演じていた。敬語を完璧に使い、計算して優等生を演じる自分がますます嫌いになり、先生から褒められれば褒められるほど自己否定と自己卑下が強くなっていった小学生・中学生時代。


まるで太宰治の人間失格が自分だと思った。

そしていつも心からわかりあえる友達「心友」が欲しいと思っていた。

当時は本当に潔癖症のように100%相手と同じ気持ちで思いやりたいという気持ちが強かったため、中途半端な「同情」や「優しさ」が偽善に感じて許せなかった。

そしてやがて、「人は違うのだ。たとえ100%同じ気持ちになれなくても、相手のことを思うことが優しさなのだ」と、曖昧な想いを少しずつ受け入れることが出来るようになる。



とても明るく、友達も沢山いて、バカなことも色々やり、だんだんくだけてきて楽しく過ごすことが出来るようになった一方、心の中には常に闇をかかえていて、その「見える世界と見えない心の世界の分断とギャップ」に苦しんでいた。

そして忘れもしない高校2年の時、ヘッセの「デーミアン」の中の「人は本当の自分になるために生きている」という言葉に出会い、「自分が今どんなにダメでも本当の自分になる途中なんだ。」思うことが出来、それが初めて自己容認・自己肯定した瞬間だった。図書館で手がぶるぶる震え、涙が止まらなかった。自分を受け入れ、未来の自分を信じられるようになった。



そしてさらに心の中が暗黒の文学少女だった私は大学時代、現在の夫を通してロックに出会う。
夫とロックは私に欠けていた沢山の感情を与えてくれ、様々なことを教えてくれた。
光と影を内包し、純粋さと猥雑さを内包し、内的宇宙をも表現し、あらゆるものを吸収して常に変化して転がり続けてゆくロックにより、私は救われる。
ロックとの出会いは遅かった分、アーティストの本を読みながら深くロックにのめり込み、どんどんそのアティチュードとエッセンスを吸収していった。私にとってロックは生き方だった。
そして、自分のような人にロックを深く届ける番組をやろうと心に決める。



多くの人は無邪気な子供から、大人になるにしたがって自己をコントロールすることを覚えるかもしれないが、私はまったく逆で、年齢とともにどんどん無邪気になり、枠がはずれ、形式的で利害が絡んだ社会に対して腹を立て、過激になっていった。



幼くて文字が読めない頃から暗記して本を音読していた私は、小学校の時先生に「アナウンサーみたいだね」と褒められ、アナウンサーになろうと決めていた。そして中学1年の時に初めて深夜放送を聴き、DJとパーソナルな繋がりを感じて「自分のやる仕事は深夜放送のDJだ」とその時決めた。

私にとって第二希望は一切なかった。


最初は局のアナウンサー希望だったけれど、大学時代に学生の仲間でイベント企画をしたりミニコミを作ったり、アルバイトで番組の台本を書いたり、司会をしたり、機材を操作したり、放送現場での裏方の仕事に携わっているうちに、自分がやりたいのはあらゆることだと気づいてしまう。でもそんな職業はないので就職活動も出来ずもんもんとする。そんな時、大学のゼミの教授から「中世には戦時に自由契約の騎士(lancer)がいて、それがfreelanceの語源である」と教えられ、「ない職業は自分で創ればいい!」と決断。

放送局や番組制作会社から誘われ、憧れの職業が目の前にあったにもかかわらずそれを断って、卒業と同時に「freelancer」として活動をスタート。保証もなければリスクだらけだったけれど、何も怖くなかった。私は自分の未来を信じていた。

最初は週に1回位しか仕事がなかったが、未来の自分を信じて目の前の仕事を一生懸命やり続けているうちに、いつのまにか休みがなくなるほど忙しくなり、ちゃんと自分の力で生活出来るようになる。

やがて「自分の仕事だ」と決めていた、夢だった深夜放送のDJもやれるようになる。学生時代にあらゆるアルバイトをしたおかげで番組のすべてを一人で制作出来るようになっていて、自分がやりたかったロック番組を作れるようになった。尖っていた20代は放送番組の中でかなり過激な発言をしたものだった。



学生時代から7年半の付き合いを経て夫と結婚。
結婚は様々な深い学びの場と豊かな楽しみと喜びをもたらしたが、一方で結婚前後から夫と共に会社や店舗を実質5つ立ち上げ、その間ここには書けないような様々なトラブルや大変なことを山のように経験する。死ぬほど働いて稼いだにもかかわらず、家賃の支払いにも困るような、経済的にも精神的にも肉体的にも過酷な体験をする。
そして、当時はその辛さを誰にも言うことが出来なかった。


自分個人の仕事は順調だった一方、沢山の迷いと苦痛の中、なんとかその状況から抜け出すことを模索して、様々なセミナーに参加したり、本を読んだりしていたけれど、どこかにいつも納得出来ない疑問が残った。

そんな時に、心の使い方やこの世界の仕組みを教えてくれるメンター大津和壽氏と出会う。
その人こそずっと出会いたかった人だった。メンターは私が幼い頃から知りたかった多くの疑問の答えてくれ、多くの謎が見事に解けていった。

そしてそれこそが真理であり、宇宙哲学であった。



2003年の真理との出会い以来、私はずっと実体験を通して学び続けて来た。
大変な出来事も山のようにあり、どれだけ泣いたかわからない。でもその経験を真理に則して理解し、気づき、学ぶことで、確実に私は変化し、以前とは別人になった。中心・軸が定まるようになった。その成長記録はブログ「波動日記」に綴ってある。



真理に出会ったことにより、宇宙の摂理となっている原理原則はもちろん、私達がどんな存在であるかがわかり、それによって幼い頃から持ち続けて来た孤独感が完全に消えた。
そして心から信頼出来る仲間が沢山出来た。

多くの出来事の意味がわかるようになり、あらゆることに感謝出来るようになり、心が安定するようになった。穏やかで幸せな気持ちで生きられるようになった。
自分が抱えてきた辛さが、実は豊かさであったことがわかるようになった。



2006年より心の使い方、在り方、宇宙の基本法則などに関するセミナーを定期的に行うようになり、やがてセミナーを様々なバリエーションで展開するようになった。




そんな折、2013年突然癌であることが発覚。緊急入院・手術をする。

心の学びをして来た自分が、まさか癌になるとは夢にも思わなかった。でも、自分が病気を作った事実を正面から受け止め、生きるために真剣に自分と向き合い、長年蓋をしてきた人生のテーマと取り組む。
抗がん剤を拒否して退院。死と向き合うような末期であったにもかかわらず退院一か月で腫瘍マーカーがすべて正常値になり、まさに奇跡的な快復をみる。



私はこの病気はギフトであったと感じている。これがなかったら多くのことに気づけなかった。今までないがしろにしてきた身体のこと、食事、生活習慣にも向き合えた。この経験を通し、大病をする前の自分より、はるかに心・体・魂の調和した豊かな自分になっているし、さらにもっともっと調和して、宇宙の摂理・自然の一部として本質の自分をあらわしていくことを強く決意している。


もし私が真理を学んでいなかったら、今のように生きることは出来なかった。病気に限らず、大きな問題と正面から向き合い、受け入れ、感謝することは出来なかった。どんな状態であってもいのちの輝きを見続けることは出来なかった。真理のおかげで大病はじめ様々なことを乗り越えることが出来たとつくづく思う。



真理は人生そのものを変える。生き方そのものが変わる。そしてそれはすべての基本となるものであり、あらゆるものの根底に流れるものなのでどんなものにも応用がきく。
真理は心を安定させ、見える世界を変える。
どんな経験であっても豊かさ・宝物に変わる。
真理は人を自由にする。本当の自分で生きることが出来るようになる。

表面的な意味づけによるすり替えではなく、真の意味がわかるようになり、曇りのない瞳で世界を見られるようになる。


生きるための方法も、対処する方法も無限にある。しかしそれは複雑化した枝葉といえる。それに対して真理はそれを動かす中心となるもの。

真理・・・それは愛と言い換えてもいいし、いのちとも、大いなる意識とも、智慧とも言い換えられる。


かつての私のようにいくら多くの手法やノウハウを学んでも何かが足りないと感じている人、どんなに学んでも自信が持てない人、変われない人、どんなに学んでももやもやして軸がないと感じている人に是非真理を知ってほしいと思っている。




私の子供の頃からの夢は「地球が家族みたいになること」
いつもそんな世界が実現したらと思うだけで涙が出た。世界が変わると思っただけでわくわくした。


「誰もが魂から望むことを喜んでやれば、すべてが調和するように世界は創られている」それが本来の宇宙の秩序だと信じている。すべての人が真理を知ったら奪い合いや戦いがなくなる。そのために微力でも自分が体験したこと、学んだこと、知っていることを伝えるのが私の役割であると思っている。



時代は変化している。加速している。
魂の輝き、いのちの輝きを直感で知っている子供達が生まれている。分離感が少なくて魂が目覚めている子供達が沢山出てきている。
これから確実に世界は変わる。


プライベートでは私は子供がいないけれど、今生まれている子供達は「地球の子供達」であり自分の子供のようなものだと私は思っている。そして、そんな子供達の未来のために、これからの地球のために、私はこれからの人生を「いのちを輝かせて生き、いのちを使う」ということを心に決め、今まで学んできたことを未来のために伝えて行きたいと思っている。

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by chandra-k | 2014-08-14 19:11 | 私について | Comments(0)

丁寧にマメに行動!

今年はさぁ、もっとちゃんと丁寧にまめに生きよう!
と、心あらたにした新年。

私はよくA型に見られるのだけど、中身は完全B型で、
興味あることしかやらないし、雑で大雑把で、よくいうと男前すぎなので
ちゃんと細かいところまで気を配り、ひとつひとつを丁寧に大切に暮らそうと思っている。
そうしないと、私のテーマである「調和と秩序」の世界が実現しないから。

小さな行動の積み重ねだなぁ。
そしてその小さな行動に気づいてちゃんと認識するためにも、もっとマメにブログ更新しよっかな。
確実に1mmでも進んでることを自分で喜ぶためにもね。

そうだなぁ。例えば今日で言えば、お雑煮に入れる三つ葉が青々したそのみずみずしさに感動したとか、
年賀状をやっと書き始めて、そのついでに引き出しの中に溢れかえっていた名刺をちょっとばかりファイルしたこととか・・・。
ごだごだになってたPCのファイルをちょいと整理してバックアップしてみたとか。(笑)
ああ、ほんとうに小さな一歩。
そんなことをちょこっとづつやることでも調和に近づいているのだ。私の場合は!

大切なのは行動すること。
想いはものすごく大切だけど、想いだけだとダイナミックな変化は起きないからね。

肉体を持っている以上、この肉体をうまく使わないと効果的にエネルギーが循環しないような仕組みになっているから。
決断と実行は完全にセットであるし、これが一緒じゃないと波動状態は変化しないからね。
行動することではじめて脳の側坐核のやる気物質が分泌されるわけだし。

特に私の場合は自分の内側の何かのスイッチが入らないとどう頑張っても行動に移れないのだけど
その反面、そのスイッチさえ入っちまえば気づけば行動しているという特性がある。

さらには脳の使い方も他の人と若干違うらしい。

珠ちゃんは以前「人の脳の使い方」に興味があり、人によって右脳と左脳の信号のやりとりを
エネルギーで見ていて面白がっていた。(彼女の場合エネルギーを視覚化している)
多くの人は右脳でアイディアが浮かんで、それを左脳で処理して行動するのが多いらしいけど、
私の場合、行動しながら右脳と左脳が同時にチカチカとキャッチボールしていて
他の人と情報処理が違う動きをするとか言っていた。
(天才的な人とか、頭のいい人はまた違った動きをすると言ってたな。
最後に真ん中からズドン!とか・・・詳細忘れたけど)

珠ちゃんの感想を聞いて、自分ですごく納得。
だって、私の場合、最初からイメージしてそれを具体化するってことは意外と少なく、
どっちかというとすごーくおおざっぱな直感によるベクトルと、
きっかけやとっかかりになるシグナルだけがわかり、
それに反応して行動しているうちに、次にいくところが見えてきたり、
突然新たな展開が閃いて、そのままその流れに乗ってまた行動すると
さらに何かに気づいて次のステージに進むってことが多い。
まさに右脳と左脳が同時進行でやりとりしながら展開していく。

これを考慮してみても、やはり行動が重要ポイントなんだな。
大きなことも小さなことも。
ということで今日も日記を書いてみた!
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by chandra-k | 2013-01-02 23:40 | 私について | Comments(0)

同時進行のパズル

私の感覚はけっこう理解しにくいと言われた!
う~ん、そうかも。確かに。

世界地図のパズルがあったとする。
例えば日本からピースをはめこんで、少しずつその周辺から広げて行く人が多いのに対して、
私の場合は、高知をはめて、次に青森はめたかと思うと、
いきなりエジプトはめて、次にブラジルにとぶ・・・みたいな感じ。

他の人にとっては脈絡がなくて、何をしているのかわからないかもしれないけど
私の中では根底で何かが繋がっていて、しかも自分だけの線引きもある。

音楽の聴き方も昔はよく「これとこれを同時に聞く感覚が理解出来ない」
と言われた。
でも、他の人から見たら同じように見えても私の中では違いが明確にあったり、
逆に他の人から見たらかけはなれた感じのものが
私の中では繋がっていたりする。

私の変化のパターンは
「点」が散在する時点では関連性や繋がり、体系が見えなくても
その「点」が増えるにしたがって、シナプスの連結が出来るみたいに
だんだんに多次元のネットワークが構築されてきて
やがては大きな秩序となっていく・・・。
そんな感じの成長発展。

しかもやってる本人が最初から完成形が見えてるかというとそうではなく、
何かを始めると、次にやることが閃き、その直感に従うと
確実にシナプスが一気に増殖していく・・・・そんな感じ。
まさに同時進行のパズル。

最初は何をやってるかも、成果も見えない。
楽しいことして遊んでいるようにしか見えないかも。
実際遊んでるけど。

だからこそ、私の興味はいつも変化している。
一つのことだけに集中出来ない性質は自分の役割をやるために備えてきた
自分の個性だと今では思っている。
沢山のことに同時に興味が湧いて一気にのめりこんだかと思うと、
あっという間に終わって次にいく。拘束が何より足かせになる。

やがていろんな物が関連づけられ、融合し、あらたなものとなる。

だから一つ一つを大切にしながらも執着しないし、
私の中ではみんな同じ大きなものの中に存在するので
細かいことにはあまり興味がない。
しかもいろんな次元を同時に感覚的に受容するので
一般のルールを超えてしまうこともある。

でもどんなやりかたでもどんな感覚でも、すべて個性だから
どっちがいいとか悪いとかいう感覚も私にはない。


でもそういうことすべてが、私と感覚が違う人にとっては
説明しても理解出来ないらしい。
そりゃそうだ、感覚の問題だから。
それに私は直感で動いているだけだから。

でも、理解出来ない人が多いことも覚えておこう。
自分の中では当然のことが、他の人にとってはひっかかる枠になることも。

こうして個性が違うから楽しいんだと私は思う。
私はいつも、誰でも昔からウエルカム!
でも、私がウエルカムだからって、ウエルカムされてるとも限らないことも
覚えておこう。

それと楽しいと調子に乗りすぎることも。(笑)

色々反省しつつ、でもやっぱり直感で楽しいことを指針にしてやることは
一切ゆるぎ無い。
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by chandra-k | 2012-04-05 00:58 | 私について | Comments(0)

身体は賢い!

最近よく思うのは「私の身体ってかしこいなぁ~」ってこと。

身体のメカニズムの素晴らしさには昔から感服してたけど
その一方で、かつては「身体は意識が周波数を落としたもの」と
大きな勘違いをしていて、短絡的に意識と肉体をわけて考えていた
大ばか者だった。

今はまったくそうではなく、身体も、細胞もすべての次元を持ってることが
わかってるし、身体があるからこそ出来る学びが豊かで深いことを
よーく知っている。

そんで、私が自覚している以上に私の肉体が把握していることや
キャッチしていることが多いということに本当に感心する。

例えば、何も閃かないのに身体が勝手に反応してることが本当に多い。
不調和だと勝手に身体が斜めになったり、
急に身体が揺れてみたり、ざわざわ振動してみたり・・・。

しかも私は実験好き、観察好きなので
「どこをどうするとどういう反応になる」等と
つい検証して楽しんでしまっている。

この頃、以前よりさらに身体がかしこくなったみたい。

身体に悪影響を及ぼしそうな物が入るとか、
もういっぱいいっぱいでMAX状態になると即座に反応する。
身体が受け付けない何かを食べたとたん、トイレにいって瞬間に下痢。
または突然「うっ!」っとなって吐くと瞬間スッキリ。
その前後に病的な苦しみがない。
ただ単に「はい!排除!」っていう感じで、その瞬間で完了。
その後はまったく完全に元通りの状態になってしまう。
なんかすごいシステムになってきたなぁ。

それから私のせいで夫をものすごく怒らせてしまった日、
仕事から戻り、家に入った瞬間くらくら!
(きっと夫の怒りのエネルギーが部屋に充満していた)
そんで、家中を光で満たし始めたら
私の身体がぐるぐる回って、あっという間に部屋の空間が柔らかに変化し
私の身体もふわっと軽くなって落ち着いた。

いや~身体っておもしろい!
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by chandra-k | 2011-11-23 00:48 | 私について | Comments(0)

宣言

「今度ダンスのイベントをするんですよぉ~!
私が選曲したROCKに乗って、ただ踊るっていう!」
「もし可能だったら告知お願いしま~す!」
って局で会う方に軽いノリでお話していたら
「だったら番組に出て喋りますか?」
「え~! おじゃましていいんですかぁ?」
ってな感じで、番組に出演することになり、
生放送で喋ってスタジオから出て来たら
「こっちの番組でも紹介しますよ~」
なんて言っていただき、
「うわぁ! ありがとうございますぅ!」

そんなノリでありがたくもDate fmの「J Side Station」と「Crescendo」に
出演させていただいた。

「井上さんと徳子さんが喋るって新鮮!」とか
「石垣さんと徳子さんのありえない掛け合い」とか
言われたりしてた!(笑)

そんで昨日はエフエムいずみとラジオ3のネット番組
「be A live」でパーソナリティの村井由紀子さんに
生放送の中で電話インタビューしていただく。

さらにはにはシンガーソングライターのあんべ光俊さんの番組にまで
出演することに!
25年位前に私がやってたNHKの番組にゲスト出演していただいたことが
あったけど、今度は私がゲストなんてちと照れる。
こちらの番組は収録済みで4日(日)オンエア。
東北放送では22:00~、岩手放送は12:30~。

収録終わってスタジオを出たら、同じくシンガーソングライターの
坂本さとるさんに会って、「わー!久しぶり~」なんて話たてたら
「あ、僕の番組でも告知しておきますよ~!」なんて言ってもらう。

なんかもう、ありがたいなぁ~。
みなさん、ありがとうございます!!!

そして色んな番組に出演して、ダンスの話は勿論だけど
EMの話やNPOの話、さらには私がセラピストでヒーラーなんて話までしたりして。
公共の電波で宣言している自分に気付く。

今まで自分の番組では時々波動の話をたっぷりしたりして、
「放送でここまで言うなんてびっくり」とよく言われてはいたけど、
それは深夜の自分の番組の中だけでのことだった。
それ以外で私はアナウンサーである自分と、ヒーラーやセラピストである自分を
無意識に分けていた。
はっきり宣言出来なかったと言ってもいい。
そして震災後私の中でもうその枠はきれいさっぱりなくなってしまった。

すべてが私の中で統合されてきている。
私はすべてで私であり、だからこそ私、ということなんだ。

そして私は今、新しい時代対応の自分に更新された。

スピリチュアルと呼ばれるものは絵空事ではなく
あたりまえに日常に根ざしたもの。
三次元で機能出来ない地に足がついてないものではあまり意味がない。
超能力とか魔法とかいう名で呼ばれるものも
実は不思議なものなどひとつもなく、あたりまえの能力。
すべてが宇宙の摂理と秩序のもとに美しく調和する。
見えない世界も見える世界も、外側の世界も内側の世界も
本当は分離も区切りもなく、もともとひとつのもの。

それが本当に理解される時代がやってきているのだと思う。
そしてそこに私はいるのだと、私は今公の場で宣言をしている。

「心と身体と魂と自然(環境)の調和」が大切って、
何度も放送で語った。

もう怖いものもない。
もう完全に大丈夫。
こうなったらヒーリング能力とか、色々な能力が上がってきているみたい。
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by chandra-k | 2011-09-03 22:24 | 私について | Comments(0)

信頼とドラム

誰かを信頼出来るということは
自分を信頼出来るということと全く同義だ。

ということをずっと頭で理解していたが
やっぱり頭で知っていることと体験するのは雲泥の差があり
体験してみて本当によくわかった。

今だからわかるのだが
私はある期間自分を信頼出来ていなかった。
でもそれに気づいていなかった。
(気づかないからこそ学びが出来るのだけど)

信頼出来ないとどうなるかというと
何をしていいのか、何がやりたいのか、何が楽しいのか
さっぱりわからなくなる。

日々幸せなことを見つけることは出来るし
楽しいことを体験することは出来るのだが
要は心からわくわく出来ないということ。

私にとって、そんなことは初めてだった。

だってずっと昔から私は
「今の自分がダメでも、明日の自分を信じられた」から。
「きっと自分は本当の自分になれるから、大丈夫」と
心の底で思えたから。

それが一時、明日の自分が見えなくなって
明日の自分を信じられなくなってしまったのだった。

「今の自分に自信がない」なんてことは常にあっても
「明日の自分」に希望を感じられないなんてことははじめてだった。

今考えると混迷していたのだと思う。
でもその真っ最中はその自覚がないというのが、学びの巧妙なところ。

でも、その混迷から抜け出した今思うのは
多くの人はこの混迷をよく体験しているわけで、
私はこの混迷を体験する必要があったのだと思う。
体験したくて体験したとしか思えない。


明日の自分に対する信頼が戻った時、
まわりのすべてに対する信頼が戻ってきた。


一時私は心からのわくわくを「ドラムが鳴らない」と表現していた。
そして「ドラムは叩かないと鳴らない」と反省していた。

でも!ドラムは叩かなくても鳴るのだ!
鼓動を、リズムを奏でる!
それは心の底からいつのまにか鳴り出して
気付いた時にはステップしてダンスしているのだ!

ドラムさえ鳴り出せば、もう体は動き始める。
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by chandra-k | 2011-08-05 00:46 | 私について | Comments(0)

スタジオ=私の部屋

私の番組Date FM「ロックンロール黄金時代」の放送は日曜深夜24:00だが、
毎週火曜の夜に収録している。

収録だから昼かと思いきや、スタジオが夜しか空いてないので
やっぱ夜なんだね~。

スタジオで一人でミキサー卓やDAWを操作しながらマイクに向う。
たった一人のワンマンスタイル。


いつも思うのだけど、マイクは私のお友達。
マイクなしの肉声より、マイクという拡声器を通した方が好き。

なんでなのかなぁ。
マイクとスピーカーとか、電波を通した方が
私の声の個性・拡散性粒子が有効に作用する感じがする。
もしかすると以前指摘された、私の声の波は普通の人よりも
余韻の波がとっても長いという質に起因しているのかも。

余韻の波は微細な音と空気の振動を伴うので
小さな音で聞くより、広範囲に拡散させた方がわかりやすいのかな。

ま、それはそれとして、
私は一人でスタジオにこもってマイクに向うのが好き。
しかもヘッドフォンから音楽が流れ、
自分の体が音に満たされている感じが好き。
スタジオにいるととっても落ち着いて
その時はスタジオが私の部屋になる。

収録していると夜中になってしまい、
ふと振り返ると、私のブース以外はみんな電気が消えていて真っ暗!
私一人だけってこともしばしば。

番組は私の次元&時限装置。
今話したことが、タイムスリップして、やがて空に解き放たれる。

私の想いが時空を超え、みんなの上空から降り注ぐ。

今まで本当に沢山の番組をやってきたけど
深夜放送が一番好き。

そしてそれは中学の時初めて深夜放送を聴いて
「私がやるのはこれ」と決めたから。


これが↓私の番組収録のスタジオ
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by chandra-k | 2011-08-04 01:10 | 私について | Comments(0)

媒体として

この日記に何度か「媒体としての私」について書いてきた。
「私そのものが媒体としての役割」ということについて。

最近またそれをあらためて認識している。


かつて私は「とってもオリジナル」な存在に憧れ
「とっても個性的であること」を望み
そうでない自分にガッカリしていた。
鮮やかな彩りのはっきりくっきりした個性を持っている人を
羨望の眼差しで見ていた。

でも今、私の個性はそれとは対照的であることを知っている。

あらゆるものを取り込んでミックスしてしまう個性。
融合して調和をはかり新たな秩序を生み出し
総合的統括的新たな波動を生み出し
それそのものが媒体として機能する個性。


色んなものを組み合わせる能力を(編集・アレンジ)
借り物だけで作り上げて自分のものに見せているみたいな気がして
かつてはかなり引け目を感じていた。
コンプレックスだった。
だからこそいつも自分に自信がなかった。

でも、「融合させ、新たな波動を生む」ことこそ
私の創造の個性であったなんて!
それを自分で認めることが出来るようになるまで
本当に時間がかかった。

何でもかんでも取り込んで(雑食で)
そこから新たなエネルギーを獲得し、
どんどん変化し成長発展し、新たなグルーヴを生み出す!
それはまさにロックそのものじゃないか。


レゾナンスセラピー仙台をいうスペースが出来て
新たに始めた「レゾナンスフリーダンス」
確かに「形としては」やろうと思えば誰にだって出来ることだろう。
好きな曲を羅列して踊ることだけで充分「かたち」は出来る。

でも私が沢山の曲の中から自分のグルーヴに合わせて選曲して
ひとつのストーリーを構成する時、そこから生まれる波動は
私という媒体(フィールド)を通過したものになるのだと思う。

勿論私に限らず選曲者そのものの特有のグルーヴが出来るはず。


そしてまた新たに始めた「ヴァイブレーションヴォイスセミナー」
確かにやってることは色々なことの組み合わせだけど、
ヴォイストレーニングと、アナウンサーとして長年の経験からのメソッド、
真理、意識・心の使い方を学んで体得してきたこと、
コミュニケーションメソッド・・・・・
きっとこれを私が融合させることによって新たな波動が生まれているのだと思う。


そしてダンスにしろ、ヴォイスセミナーにしろ実際やってみて見えてきたこともある。
(逆に言えばやってみないと見えなかったことも多い)
実際に「かたちにする」ことで、初めて与えられる振動があり
それによって発展の方向性と可能性が広がるのだと体感した。

受講し、体感してくれたみんなからのフィードバックがあって
またそれは変化し、発展していくのだと思う。
それはつまり参加者みんなのエネルギー・波動が加わったことにより
またそこに新たな共鳴が生まれ、新たな波動が生み出されたということでもある。

だからかたちを持つこと、三次元って面白いのだろうな。

ご参加のみなさん、ありがとうございます!




くみちゃんがメンバーズブログにヴォイスセミナーのことを書いてくれました!
くみちゃんありがとう。



ってなわけで、次回のフリーダンスは29日(月)19:00~20:00
初めての夜のフリーダンス。
ちょっと暗めの照明で踊るのもよいかと。

先日のヴォイスセミナーは定員御礼。
ありがとうございました。
次回は12月第1・2金曜。18:30~20:30

あ、その前に16日(火)は大津先生のエナジー(10:30~)とセミナー(13:30~)
19日(金)10:30~はEMセミナーがあります。
是非!!!
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by chandra-k | 2010-11-15 00:44 | 私について | Comments(2)

私に関する考察

私はいつも重要ポイントは逃さずにベストタイミングで行動を起こすという特徴がある。
前にも書いたが大津さんによれば「どんなにずれても肝心なところでは確実に戻って来る」らしい。
よって生まれる前に決めた予定にピッタリ合わせて進むそうだ。
(普通は数ヶ月とか、人によっては数年とか若干予定とずれるらしいが 私の場合は「その日」に確実に照準を合わせてるんだって。)
重要な「その時」は必ずわかるし、「その時」は「それをやる」以外の選択肢が考えられない。
ある意味とても便利な個性といえるな。

また、どうも私は事柄の重要ポイントだけは必ず拾うという特徴もあるみたい。

例えば連ドラ等ほとんど見ていなくても、たまたまテレビを点けてちょこっとだけ数回見ると
そのドラマの重要ポイントだけ選んだように見てるらしく
そのドラマがどんなストーリーで何を表現しようとしているか大体わかる。

高校の時は授業中コミックを読みながら隣の友達とお喋りをよくしていたけど、
実は先生の話の重要ポイントはちゃんと聞いていてノートもしっかりとっていた。
大体同時に3つの事は出来る。その時々でスイッチが切り替わるみたい。
(私の隣の友人はかなり優秀だったのに国立大に落ちて、友人皆から「及川の隣になったせいだ!」と言われた。ごめんなさーい!)

前に日記に書いたけどプロ野球を見ていても「おいしい所」はいつも逃さない。

幾つかの情報があるとそれを使って全体を作り上げるってことも得意だった。
「私は少ない情報をアレンジしていくらでも膨らませることが出来るけど
0から1を生み出すことが出来ない。私は個性がなくてオリジナリティがない。
それってとってもインチキくさい。まるで他人の褌で相撲をとってるみたいだ。」
昔の私はそんな風に自分を卑下して責めてコンプレックスを抱いていた。

でもだんだんこれが私の個性なのだとわかってきた。

あるアーティストのアルバムを沢山聞くと その人がどういう人か大体わかる。
わかるというのは具体的なことではなく「その人像の感触」みたいなもの。
そして特集番組を作る場合は私の中で勝手に構成が出来上がってくる。
実際その漠然とした感じのまま構成してみると計ったようにぴったり時間に収まるので
「私って天才!」と自画自賛してしまう。
ただ、放送が終ったとたんにキレイさっぱり忘れてしまって
話した具体的な内容を思い出せなくなる。
残るのはぼんやりと漠然としたそのアーティストの全体的な波動みたいな感じかな。

私は昔は「自分は情報をかき集めて全体を推測するのが得意」と思っていたが
実は推測ではなく、私がやってるのは 
その小さな情報が内包している全体の多次元波動を自分の中に入れてるみたいなのだ。
その情報が多ければ多いほどその精度が上がる感じ。

言葉にはうまく出来ないけど、「その人の持つ波動の色合い」みたいなものを
どんどん私の中に入れ、そこで感じとってるというのかな。
大きな全体像はよくわかるのだけど、逆にピンポイントはよくわからない。
ずいぶん前に「徳ちゃんは媒体であり、図書館みたいな役割」と大津さんに言われたけど
私って色彩のない大きな空間で あらゆるものを吸い込んで
その中で何らかの体系化が置き、ある程度整うとそれを形にして出すシステムみたい。
ある時期はひたすらインプットされ、それが整理されるとアウトプットが
オートマティックに始まる。
だからその時期によってやたら何かを吸収してたり、逆に立て続けに表現してたりを
繰り返している。
この日記もそう。続けて書いたかと思うとピタッと止まる。

夫は膨大なCDを毎日聞き続けているのだけど、
結婚して22年私も当然何かをしながらそれを耳に入れている。
その間私は無意識に沢山の波動情報を自分の中に入れているのだろうか?
だとすれば夫は私の波動収集に多大な協力をしてくれていたのだ!

さて自分に関しての現在の考察はこんな感じなのだけど
これからの自分に関して考える。

波動を沢山吸収し、図書館のように私の中に蓄積されていたのなら
それを使いこなさないと意味がない。
吸収して忘れるのもいいけど、一時的には忘れていても必要な時に引き出して
それを役立てて全体生命へ貢献しないと。
そして私の場合情報をいくつか集めることによって 全体像を感じるということは
一つの情報も全てを含んでいるわけだから ほんの小さな情報からでも
確実に全体を感じることが出来るように精度をあげていこう。
そして全体像だけじゃなく 個々の要素・詳細も引き出して使えるとさらに便利。

これからはこんな感じに設定していこう。
なんたって宇宙真我は全知全能なんだから。
そして真我は智慧そのものなのだから。
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by chandra-k | 2009-01-08 19:09 | 私について | Comments(0)

思い出したこと

現在東京で治療師をやっている元アナウンサーの後輩と何年かぶりに電話で話した。
彼女と出会ったのは彼女が大学生の時でかなり前になるが
彼女の人生の転機にはいつもなぜか私が関わる(再会する)という不思議な関係。
アナウンサーになった時も、それをやめて歌って踊れて喋れる治療師(笑)になった時も
私が関わっていた。
彼女は以前この日記に書いたオステオパシーの田中先生の弟子の一人で
今東京にいることは知っていたが 何年も連絡をとっていなかった。
それが私がオステオパシーに関する日記を書いたことで
東京の治療師を紹介して欲しいと皆から言われ、彼女のことを思い出し、
久々に連絡をとったところ また見事に彼女の転換期だったというわけ。

何年ぶりかで話したのに全く久し振りという感じがしない。
あっという間に今までの空白が埋まる。

彼女は電話で昔私の家で食べた酢の物(確か菊花大根?)が美味しかったとか、
「あの頃夕飯のメニューの御品書きがあった」とか懐かしがっていた。
そう言われてすっかり忘れていたことを思い出した。

そういえば結婚当時我家には毎日のように後輩達やバンドの連中が来ていて
私は皆の夕飯を作ったり そのまま酒盛りになり、肴を作っていた。
皆でお喋りをしたり、いろんなROCKバンドのレコードを聴きビデオを見ているうちに
あっという間に夜中、いや夜があけてしまうという生活。
皆口々に「この家にいると楽しくて居心地がよくて時間を忘れる」と言ってたっけ。

当時私は可愛い和食器が好きで集めていて、ランチョンマットを敷いて
色んなおかずを小鉢に入れてお店のように沢山並べるのが好きだった。
そして、その日のメニューを筆で半紙に書いて「御品書き」まで作った。
また飲み物も同様にワインとか カルーアミルクとか 中国風ミルクティーとか
お店のように御品書きを作っていた。
そうやってお店ごっこをして楽しむのが好きだったのだ。

やがて夫と共に会社をいくつも作り毎日夜中2時3時まで仕事をし、徹夜も多くなり
ご飯は当然外食となり、食事を作る時間があるなら寝る!という怒涛の生活に突入し
私は家で食事を楽しむことをすっかを忘れてしまった。

そういえば昔お料理教室に通って、砥石で包丁を研いだり
魚をおろしたりしたこともあったよなぁ~
やり方などすっかり忘れてしまった。
あと、お料理じゃないけど、大学を卒業してフリーになったものの
仕事がなくて暇だった頃は 自分で型紙を作って洋服を作って着たこともあった!
さらに和服も好きで 着付けを習って自分で着てたこともあったなぁ~
うわぁ~ 何もかもキレイさっぱり忘れて何も出来なくなっちゃった!

最近の私は仲間内では「お料理不得意。事務所にもめったに持参しない。」
ってことで通ってるけど、実は私、料理の才能があったのに忘れてたのだわ!

そう、「才能があると認めると才能は出てくる」ってことで
今私達仲間はみんな「才能がある!」と念仏のように唱え(笑)
才能を引き出す作業をしているけど、私もまさに才能はあったのだ!(笑)
いやいや、本当に忘れていたよ。

それに私は「お腹が全く空かないで 何も食べないで生きて行けたら楽だなぁ」
って本気で思ってたし。
勿論お腹が空く以上 美味しいものを食べるのは好きだし、幸せ感じるけど。

身体を整え、環境を整えることを私は今やってるけど
それと同時に「料理に才能があって 料理も食事も楽しんでいる」というのも
付け加えておこう。

ところで 冒頭に書いた後輩とは東京バラセミナーの前日に再会することになった。
お互いどんなエネルギーの交流があるのか楽しみ!
お互い必要だから会えるのだろうし!
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by chandra-k | 2008-05-16 23:01 | 私について | Comments(4)