公私混同しまくり。

この行動は公人だ。私人だ。と言い張っている人が沢山いるし、
公私混同を悪いことと思われているふしがあるが 私の場合公私混同しまくりだ。
というより公的、私的って何? とよく分らない。
だって全てが私で分けられないんだもーん。

一日のうち何時間仕事してるの? とか、休みは? と訊かれるととても困る。
だって普段家で音楽を聴きながら 「あ、これ番組で流そう」と思って番組の構成してたり
それに関連して調べ物したり・・・・
家に居ても夜中まで編集したり 本を読んで それが仕事にむすびついてる。
街を歩きながら感じたこと、旅行に行ったり、ライブで感じたことを
「あ、これも番組で話して伝えよっ!」と思う。
番組のパーソナリティの私は 私でしかないから「タテマエ発言」はしないし
当然公的発言と私的発言も分けていない。
CMは何千本も読んでいるけど、小さい頃から色んな声を出して遊んでいたことの延長。
アナウンス学院でプロのアナウンサー養成講座の講師をしているけど
しょっちゅう卒業生から電話がかかってきて 人生相談にのっている。
披露宴の司会では 二人でこれから沢山の学びを!と祝福の気持ちで。
趣味も遊びも仕事も生活もヒーリングもサポートもぜーんぶ一緒なのだ。
そしてそれと同時にいつも真理のことを考えていて、自己探求に繋がっている。
というより真理・自己探求の中に すべてが含まれていて分けようがない。

仕事も趣味も遊びも生活も行動も発言もヒーリングもサポートも・・・・・・
全て 自分の表現・愛のあらわれ、でしょ? だよね。
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by chandra-k | 2005-12-23 20:54 | 私について | Comments(2)
Commented by よしぃ(こりん) at 2005-12-25 15:56 x
お仕事って、区切りが難しいですよね。
チャンドラさんのようなお仕事は特に、「時間内作業(労働)=仕事」じゃないですから。
私はイラスト系のデザイナーを目指していましたが(進行形だけど(-ω-;))、日々、24時間目に触れるものをどういう感覚でみて生活するかで成長は違います。
仕事として音楽を聞かなければいけなくて、楽しめなくなったということを聞いたことがありますが、それは誰でもどんな分野の人でも通る過程だと思うのです。
でも、そこを越えて自分を俯瞰できたとき、改めて仕事(趣味)が面白くなる。良さが分かる。
一生懸命学んだことも、なにげに思いついたコト(アイデア)も、自分を形作る一部となる。
だから素敵な破片をいっぱいあつめようとおもっている。
それが、生きてくるのはどれだけ先かわからない。
10年経って、はじめてはきだせるときがくるかもしれない。
吸収することを辞めてはいけないと思う。

その先にで、私を感動させた、それらのモノ(コト、言葉、感情)をねじ曲げること無く、また誰かの心に留まってくれれば最高だとおもう。
Commented by chandra-k at 2005-12-26 23:46
ホントそうだよね! 素敵な破片をたくさん集めてね。そしてそれは全て自分の中に、私達全ての中にに記憶されていく。。。。
私は仕事として音楽を聴いてないの。心が動かないものは聴かないし、
少しでも動くものは楽しめるところをより深く見つける。
ま、現在は意識の使い方で、あらゆることを楽しむことが出来るんですけどね。
よしぃさんも目指しているものが実現するといいですね。今は仕事になってないかもしれないけど、今出来る表現をし続けるってのもいいですよ。
やればやるほど情報・エネルギーって入ってくるから 今だから出来る表現をすぐ始めてみるっていいと思います。
「いつかこうなったら出そう」と思うより どんどん破片を集めてどんどん吐き出す! 吸収したものはなくならないから吐き出してるうちに栄養になったものが熟成されて 新たな命を吹き込まれ、また吐き出せるから。
頑張ってね!
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